術前は基準値内で経過していたにもかかわらず、麻酔導入後5.1→その3時間後5.8mEq/Lまで上昇したので調べてみた。
定義:一般的には5.5mEq/Lを超えること
一般的に考えられる原因と本症例における考察
・術前内服薬:全くなし。ジギタリス中毒も無い
・高血糖による細胞外移行。インスリン抵抗性:なし
・偽牲高カリウム血症:動脈圧ラインからの採血のため、可能性は低かろう
・CKD:なし
・虚血再還流:なし
・悪性高熱症:なし
・低アルドステロン血症:おそらくなし
・tumor lysis syndrome:なし
・呼吸性/代謝性アシドーシス:なし
となれば、術中使用の薬剤?
薬剤性だとしたら…
@腎臓から排泄低下
ACE inhibitor(レニベース等)
ARB (angiotensin receptor blocker) (ミカルディス等)
cyclosporine(ネオーラル等):主細胞の血管側膜Na-K-ATPaseを抑制し、尿中へのK分泌を減少
K-sparing diuretics(アルダクトンA等):鉱質コルチコイド受容体に結合
heparin(ヘパリンナトリウム等)
NSAIDs(オステラック等)
pentamidine(ベナンバックス等):主細胞の尿管腔側膜Naチャネルをブロックし尿中へのK分泌を減少
sulfamethoxadole-trimethoprim(バクタ等)
@製剤からの摂取
potassium penicillin(ペニシリンGカリウム等)
輸血
@細胞内から移行する
beta blockers(インデラル等)
succinylcholine(サクシン等)
digitalis(ラニラピッド等)
が高カリウム血症の原因薬剤として一般的に挙げられる。本症例で…可能性があるとしたら「動脈圧ライン中のヘパリン」???いや、まさか…。
ヘパリンはアルドステロン合成阻害によって高カリウムになる(ACEIやARBやNSAIDsと同様)が、
Am J Med. 1995 Jun;98(6):575-86. によれば
Heparin and its congeners are predictable, potent inhibitors of aldosterone production. This inhibitory effect is specific for the zona glomerulosa; other corticosteroids are not affected. Aldosterone suppression occurs within a few days of initiation of therapy, is reversible, and is independent of either anticoagulant effect or route of administration. Decreases in aldosterone levels may occur with heparin dosages as low as 5,000 U BID. The most important, but probably not the only mechanism of aldosterone inhibition appears to involve reduction in both the number and affinity of the angiotensin-II receptors in the zona glomerulosa. Prolonged use of heparin causes marked reduction in the width of the adrenal zona glomerulosa.
この記載を根拠とするならば、恐らく、ヘパリンによる高カリウム血症の発症には数日を要する。動脈圧ライン中のヘパリンが体内に移行した量は、精々、2000単位/500mlのうちの20ml=80単位だろう。うーん。可能性は低そうである。
本症例の術中に(高カリウム血症発症前に)使用した薬剤において、添付文書を中心とした解釈では以下のように考えられる。
・プロポフォール:あり(頻度不明)
・ロクロニウム:なし
・レミフェンタニル:あるかも…(http://www.info.pmda.go.jp/fsearchnew/fukusayouMainServlet?scrid=SCR_LIST&evt=SHOREI&pID=8219401%20%20%20%20%20&name=%A5%D5%3F&fuku=&root=3&srtnendo=2&type=1&page_max=100&page_no=1)には報告があるが、いずれもCKDを合併している
・フェンタニル:なし
・セファロスポリン:あり
・リドカイン(局麻):なし
・レボブピバカイン:なし
以上の考察を大雑把にした後に、結局5.8mEq/Lになった時点で痺れを切らして「抗生剤か症例報告モノ的頻度の薬剤性だろう」と結論付けて輸液を1号液と生食にチェンジしてカルシウムを注射してしまった。経過を見ていれば6→7→心停止に突入したのだろうか…。もう少しだけ経過観察してみたかったが、「経過観察中にいきなり骨盤静脈叢から大出血して大量輸血になったら輸血で高カリウムがさらに増悪するかも、そうしたら大出血する前に高カリウム血症を認識しておきながら放置した注意義務違反を法廷で問われるかもしれない。あぁでも心停止するくらいの大量の血液製剤がこの病院ですぐに運ばれてくるのだろうか???すぐこなければ輸血がくるまで生食で押すのか?生食ばっかり入れたらアシドーシスになるだろうから、それに伴って高カリウムになるんだろうか?アルブミン?アルブミン製剤ってカリウム入っているのか…?いや、まてよ、輸血しなくてもこの後いきなり術中にAF tachycardiaになったらどうしよう?ベータブロッカを投与したら細胞内からカリウムが移行して矢張り高カリウム血症になるんだろうか??その場合でも注意義務違反を問われるのだろうか????」という妄想に負けた私。患者さんの為というより自分の精神衛生上の介入だったかも…と、ほんのり自己嫌悪に陥るが、高カリウムは高カリウムだったので、介入してよかったのだろう。
参考webや文献等
・http://www.ne.jp/asahi/akira/imakura/hyperkalemia.htm
・LiSA 2010年3月号p262-271