初めて患者さんにSGBをさせていただいたときの緊張といったら、今でも忘れられない。
@症例
・65 歳男性。165cm、 70kg。
・糖尿病の既往
・6 か月前に右肺がんの手術を受け、化学療法中
・2 か月前に右項部(髪の毛の生え際)から右鎖骨領域にかけて痛みを伴う赤い集簇性の水疱が出現
・現在は、ぴりぴりした痛みがあり、シャツの襟が当たったときにぴりっとした強い痛みが走る。入浴で痛みが和らぐ。
質問
1) 全身状態の評価について
1.この患者の問題点を挙げる。
・BMI25.7で1度肥満
・DMの既往と化学療法中のために易感染性であろう
・肺がん術後で呼吸機能低下
・化学療法の薬剤によっては貧血と血小板数低下、末梢神経障害等の可能性もある
(帯状疱疹にまれに合併する髄膜炎、脳炎、肝・腎の巣状壊死、IPなども念頭に)
2.現在の痛みの原因は何か。
・水痘・帯状疱疹ウイルスによるもの。亜急性期(発症から1ヶ月~6ヶ月)
*日本ペインクリニック学会誌, Vol. 17 (2010) No. Supplement pp.S55-S134によれば発症から6ヶ月で「帯状疱疹後神経痛」である(時期については暫定的で、まだ明確な定義なし)。6ヶ月以降の疼痛残存率は60歳以上で10%程度。免疫不全では45%程度まで上昇。
*因みに帯状疱疹の再発は全患者の1%程度と比較的稀。
3.この痛みのタイプ、皮膚分節における部位、痛みの特徴を挙げる。
・帯状疱疹神経痛
・皮膚分節:三叉神経第3枝~C4程度。
・ 皮膚がぴりぴりした感じや鈍痛で始まる。かゆみを伴う事もある。痛みは増強する。通常は発症2週間後に最高になる。皮膚の知覚異常を合併する。徐々に服がこすれただけでもピリピリ痛むようになる。
2) 星状神経節ブロックについて
1.この患者に星状神経節ブロックを施行する。星状神経節はどこにあるか。
・第7頸椎横突起基部前面。穿刺は第6(輪状軟骨の下縁)あるいは第7頸椎横突起を基部に行う 。C7の下部1/3は肺尖部と重なる。
2.星状神経節ブロックの実施前の注意点と具体的なブロック方法について述べる。
@実施前の注意点:
・緊急の対処が必要となる合併症の発生があり、酸素吸入、人工吸入、血管確保などが必要であることから、救急医薬品を常備して救急蘇生を行える準備をする
・出血傾向のないことを採血や問診で確認
・呼吸困難が出現したらただちに連絡するように事前に説明
・ICを行い、書面で同意を得る
@手技
準備:5ml注射器、25G針(25mm)、局所麻酔薬(1%メピバカインorリドカイン5ml)
体位:枕をはずし仰臥位。顎を前方に突き出し、頸部は少し後屈。軽く開口させ、頸部筋肉の緊張をとる
@手順
・清潔手袋で穿刺部位の消毒
・示指と中指で、輪状軟骨の高さで、胸鎖乳突筋をゆっくり外側に圧排、頸動脈拍動を触知。動脈誤穿刺を避けるために、頸動脈の位置を確認して穿刺。
・わずかに頭尾側、左右に指先を動かし第6頸椎横突起前結節を探り、指先で前結節をおさえ、その内側の横突起基部をめがけ刺入。
・頸部の軟部組織をしっかり分ければ、皮膚から横突起まで15mm以内で到達。血液逆流がないことを確認し薬液をゆっくり注入。
・抜針後は、刺入部に滅菌ガーゼを当て、患者にブロック側と反対側の指で、刺入部を圧迫させる。
・抜針時に針先や注射器に血液が認められた場合には、術者自身が5分以上圧迫。
・ブロック後20-30分以上、ベット上安静、経過観察。意識や呼吸状態のチェック。
3.星状神経節ブロック後の症状を列挙。
A.頸部交感神経幹 B.上胸部交感神経幹 双方が遮断される。
Aがブロックされたことの判定:眼瞼下垂、縮瞳、眼球陥凹のHorner徴候、眼球の充血、鼻閉感、顔面の紅潮、温感、発汗減少
Bがブロックされたことの判定:手掌の発汗停止、上肢の温度上昇
4.星状神経節ブロック後に予想される合併症を列挙。
・反回神経麻痺(針先が内側すぎると生じる。1-2時間で回復。その間、飲食を控えるよう指導)
・腕神経叢麻痺(針先が深すぎると腕神経叢ブロックに。針先が神経に触れると、paresthesia。C7から刺入すると起こりやすい。1-2時間で回復)
・硬膜外腔やくも膜下腔への誤注入(針先が内側深すぎると生じる。薬液が神経に沿って中枢に流れると、硬膜外ブロック、まれにくも膜下ブロックが生じる。両側の上肢感覚、運動障害)
・血管穿刺、出血(動脈内注入で意識消失、全身痙攣、呼吸停止。頸動脈の圧排、薬液注入前吸引テストを絶対行う。注入もゆっくり。注入中の患者の変化も見逃さない。巨大血腫形成による気道閉鎖は、ゆっくり進行し数時間かけて症状が出ることも)
・感染(咽頭後部膿瘍、椎体炎、椎間板炎などで脊髄圧迫症状や呼吸困難が起こる)
3) 接遇問題
ブロック後に気胸が判明したので、入院加療することになった。この患者に付き添ってきた家族が、今回の入院の原因と治療方針の説明を希望している。家族がすでに部屋で待っていて、その部屋に入っていくところから開始。
・自己紹介し、患者さんに状態を伺う。落ち着いているようであれば、家族に、患者さんとの関係を「失礼ですが…」と尋ねて確認する
・患者さんがどのような状態で当科を受診し、どのような治療を必要とし、どのような治療を行ったかについて、家族がどの程度知っていたかを把握する
・把握が十分でないようならば、家族の理解度を伺いながら、それについてまず十分な説明を行う
・その上で、なぜ気胸が起こったか、そして非常に稀な合併症であることを説明。気胸の増悪がないか胸部Xp等を行いながら経過観察していくことと、もし増悪するような場合には胸腔ドレーンという管を入れる可能性もあること、そしてそれでも回復が見込めないようならば手術が必要な可能性(これについては家族がどの程度の温度でいるのかを説明している感触を確かめながら適切な強調具合で説明するのがよろしいと考えます)について説明する。
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以下の論文とサイトに大変お世話になりました。ありがとうございました。
“帯状疱疹後神経痛の多面的治療はここまで進んでいる”. 日臨麻会誌 Vol. 28: 19-30, (2008)
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/28/1/19/_pdf/-char/ja/
・Pain Rerief → ペインに関することが非常によくまとめられていて、とても勉強になります。
http://www.shiga-med.ac.jp/~koyama/analgesia/analg-bl-sympa.html#sgb