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2011年8月23日火曜日

(麻) 麻酔科専門医認定試験口答試験2010年症例4-1 胸部下行大動脈瘤の切迫破裂

簡単な人には簡単で、難しい人には難しい…のかな、こういう大血管問題って。
明暗が分かれそうですな。


@症例
・76 歳男性。165cm、55kg。
・胸部下行大動脈瘤に対しCPB下での人工血管置換術が予定。
・5 年前に大動脈弁置換術を受けた。
・10 年前よりカプトリル(ACE 阻害薬)、経口血糖降下剤、5年前からワルファリン内服中。

1) 術前評価と管理
1.この患者の術前での問題点を挙げる問題点
・心臓について一通りチェック。運動耐用能はどうか。A弁の動きはどうか、ASやARになっていないか、冠動脈疾患の有無(冠動脈造影所見)、収縮能拡張能はどの程度か、他の弁の動きがどうか。
・高血圧の程度をチェック。術当日のACE阻害薬は中止する
・DMについて程度をチェック。コントロール不良ならばインスリン導入を検討。罹患歴10年と長いので、腎臓・目・末梢神経障害の有無、特に腎機能低下がどの程度かをチェックする。
・抗凝固を術前にヘパリンに変更する

その他で知りたいこと
・頸動脈病変の合併は
・呼吸器や肝機能、腎機能等、他臓器の障害の有無
・TEEを是非使用したいので食道や胃の病変や手術歴の有無

2.手術前にワルファリンを未分画へパリンに変更。ヘパリン開始3 日目に貧血はないが、血小板が22 万から7 万へと低下。原因は?
・血液疾患の可能性もあるが・・・ヘパリン起因性血小板減少症 (heparin-induced thrombocytopenia、以下HIT)を第一に考える。
ヘパリン投与2~3日後の発症ならば、HITのI型の可能性もあるが、I型の場合、10~30%の血小板減少が起こるとされる。本症例では70%程度の減少がみられており、典型的ではない。そのため、時期としては典型例より早い(通常投与開始5~14日後~平均10日位~に発症)が、HIT II型の可能性がある(II型では15万/μl以下の減少、50%の減少)。

以下、聞かれてないのでおまけ:本患者では人工弁のため、抗凝固療法は必須である。 HIT I型ならヘパリンの投与を中止せずとも血小板数は自然に回復し合併症も起こさないが、II型の場合、ヘパリンの持続投与により動静脈塞栓症の危険性が高い。そのため、ヘパリンをただちに中止し、抗PF4・ヘパリン複合体抗体(HIT抗体)を測定し、代替の抗凝固療法(アルガトロバン)の投与を開始するのがよいだろうと考える。

2) 麻酔法および術中管理
1.胸痛が出現し、切迫破裂が疑われたため、緊急手術が行なわれることに。麻酔管理のポイントを挙げる。


(*注)HITではなく、夜間1人で当直している時にかかってきた悪夢のPHS…という設定で答えてみる。
・切迫破裂であればバイタルは安定していると考えられる。抗凝固中で出血の危険性も極めて高いので、待機的に手術できるのであればそちらの方が安全であると考えられる。降圧薬や鎮痛薬投与をして経過観察し、貧血の進行やバイタルの悪化、破裂所見の進行がなければ数日~10数日様子を見て、待機的に手術を行う。

もしショックバイタルなら待てないので当然緊急手術。
~オペ室に来る前にすべきこと~
・on callの若くてやる気のある麻酔科医(いれば)を呼ぶ。
・輸血の準備を大量にしてもらう(RCC 20U, FFP 20Uをまず)。血小板も必要。麻酔導入時には、輸血が手元にあることが必須。必ず確認。
・ヘパリン置換前、ワルファリン内服中での発症ならビタミンK(ケイツーNなど。10-20mg。アナフィラキシーに注意)を投与してもらう。その際は恐らく止血に大苦戦するだろうからFFPがもっと必要かもしれない。
・術式、体外循環の方法を確認する。下行大動脈ならおそらく右半側臥位のspiral incision(LiSA 2008年6月号p 619)だろうから、分離肺換気を要求されるだろう。左用DLTを入れるためには大動脈瘤で左主気管支が圧排されていないかをCTで確認しておく。また、動脈圧ラインをどこか入れるか(左鎖骨下動脈がクランプされるなら右橈骨動脈から挿入、また大腿動脈の非送血側にA-lineを留置))も予め相談。以上を外科医に確認しておく。
・もし家族を呼んで、手術の説明してから手術…であれば、家族を待っている間に外科医に右内頸静脈からCVCとPACを入れてもらう。いろんな余裕があれば気管挿管後の方が安全かもしれないが、その場合でも、麻酔導入前に太い口径の末梢静脈路があった方がよい。
~手術室~
・麻酔導入中に破裂するかもしれないので、麻酔導入前に外科医と機械出しナースが手洗い+ガウン着用をしていることが必要。
・血圧のコントロール。下げすぎず、決して上げすぎず。麻酔導入前にA-lineを必ず挿入。薬はミダゾラム(±ケタミン)、フェンタニル(or レミフェンタニル)、ロクロニウム。もちろんrapid sequenceで。循環変動に即座に対応できるよう、Ca拮抗薬や超短時間作用型βブロッカも吸っておいた方がよいだろう。
・MEPを測定するならプロポフォールやフェンタニルやケタミンで麻酔維持。

2.術中の大動脈遮断により心血管系ではどのような生理学的変化が予想されるか。
・急激な後負荷増大によって、
遮断近位側の血圧上昇
左室拡張終期圧の上昇
心負荷の増加
心筋酸素消費量の増加
が起こる

3) 周術期危機管理
1.胸部下行大動脈瘤手術における注意すべき神経学的合併症は何か。その原因と予見するためのモニタリングは何か。
・脊髄虚血(Adamkiewicz動脈は90%がTh7-L1)による対麻痺
モニタリング→MEP(motor evoked potential:運動誘発電位):頭皮上に刺激電極を貼って大脳皮質の運動野を刺激して下肢の筋収縮を測定。脊髄運動下降路の障害の有無を経時的にモニタ。術中はMEPの波形が観察されるような血圧で管理を行う必要あり。

(おまけ…SEP(somatosensory evoked potential:体性感覚誘発電位)は脊髄前角の虚血を反映しない。そのためSEPが正常でも対麻痺がおこる可能性がある。)


2.一般的な脊髄保護として考えられる方法を挙げる。
・CSFドレナージ:L3/4かL4/5よりくも膜下にカテーテルを留置。術中は10cmH2Oを超えないようドレナージ。術後数日で抜去する。
・硬膜外冷却法:硬膜外カテーテルから4℃の生食を潅流させる。CSF圧を見ながら。

・低体温(33-34℃程度)
・薬物投与(ナロキソン。ステロイドはヒトにおいてはCSFドレナージと併用でのみ効果あり、とMiller日本語版p1634にあり)
・遠位大動脈潅流

4)接遇問題―歯牙動揺のいきさつと今後の方針を説明をしましょう

記載のために参考にした文献やWebなど~大変お世話になりました
・ヘパリン起因性血小板減少症患者の大血管手術周術期抗凝固管理. 日本臨床麻酔学会誌 Vol. 28 (2008) , No. 7 951-955
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/28/7/28_951/_article/-char/ja
・HIT情報センター
http://www.hit-center.jp/contents/hit-genkyo.php
・LiSA別冊'06 胸腹部大動脈瘤手術の脊髄保護戦略
・LiSA2008年6月号p618-629
心臓手術の実際―外科医が語る術式、臨床工学技士が語る体外循環法(2008年,秀潤社) p154-161
・臨床麻酔2006年9月号 腹部大動脈瘤破裂患者の麻酔管理 p1384-1391
・大動脈外科と脊髄保護─コンセプトの変化と麻酔科の役割─. 日臨麻会誌 Vol. 30: 497-505, (2010) .
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/30/4/30_497/_article/-char/ja
・脳脊髄循環からみた脊椎外科・大血管外科における脊髄保護. 日臨麻会誌 Vol. 31: 193-201, (2011) .
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/31/2/31_193/_article/-char/ja/
***
Anesthesiology November 2011 - Volume 115 - Issue 5 - p 1093–1102
にCase Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair
が掲載されていますので、知識の復習に。freeです。(2012/2/20追記)