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2011年7月15日金曜日

(麻) 麻酔科専門医認定試験~口頭試問2010-症例3-1 前置胎盤+妊娠高血圧症候群(PIH)の帝王切開術

1)術前評価
1. 問題点
・153cm/66kg。1度の肥満
・前置胎盤なので大量出血の可能性がある。(初産婦なので可能性は低いが癒着胎盤の可能性もある)
・肝機能異常(ごく軽度だが)
・軽症の妊娠高血圧症候群(PIH: pregnancy induced hypertension.)
  (ちなみに下腿浮腫の有無はPIHの定義に関係ない)
・尿糖は±なので病的意義は低かろう
・妊婦なのでfull stomach

2.麻酔担当医として得ておきたい情報
・予定手術の日程はいつなのか。(麻酔科にも手術部看護師にも産婦人科にも余裕の人員がないような時間帯・日に、本症例のような高リスク手術をセッティングしないよう、あらかじめ手術部の先生や手術部看護師と相談しておく。)
・胎児の発育や合併症の有無(PIHでは子宮内胎児発育遅延:IUGRが多い)
・臨床的出血傾向の有無。病的出血の既往や血縁者の出血傾向を来たす疾患者の有無を確認。PT-INRとAPTT。
・主治医チームが準備している輸血の量
・「38wの妊婦である」という以外に挿管困難を疑う所見
・これまでの血圧の推移と、それに対する治療の有無。

2)術中管理
1.麻酔法および導入法、麻酔薬剤の選択
*静脈路は麻酔導入前に2本確保する。
*硬膜外カテーテルを留置した後、脊髄くも膜下麻酔で行う。
・薬剤は高比重ブピバカイン1.6-1.8ml+フェンタニル10ug(+モルヒネ0.01mg)
・麻酔高の上昇が思わしくなければ硬膜外カテーテルから1.5%メピバカインを数mlずつ追加してT4以下の無痛域を確保する。

2.通常の帝切準備以外に必要な処置は
*輸血加温装置(あらかじめセッティングしておく)
*全身麻酔の準備
・チオペンタール4mg/kgとサクシニルコリン1.0-1.5mg/kgをすぐ投与できるようにシリンジに吸っておく
・プロポフォール(全麻になった場合の麻酔維持用)とフェンタニル、レミフェンタニル、ロクロニウムを手元に置いておく
*BISモニター(全麻になった場合の術中覚醒予防。吸入麻酔で維持してもよいだろうけれど、妊婦はMACが低いからと言って、セボフルランを低濃度にしますなんて口を滑らせると減点されるかもしれません。→ Pregnancy does not enhance volatile anesthetic sensitivity on the brain: an electroencephalographic analysis study. Anesthesiology, 2010, 113(3):577-84. )
*動脈圧ライン(子宮切開創のない場合の前置胎盤でも癒着胎盤は5%程度ある。「必要になったときに挿入するだけ」の状態までセットアップしておく)
*手の空いている麻酔科医を出来る限り確保しておく。
*エアウェイスコープなどの挿管困難グッズを手元に置いておく

3)術後管理
1.早期離床のために計画する術後鎮痛は。具体的に。
*硬膜外鎮痛:0.1%アナペイン4mL/hr+フェンタニル20μg/hr程度
・大量出血して局麻入れたくなければ、硬膜外モルヒネ3mg/日程度
*硬膜外カテーテルなければiv-PCA。モルヒネを必要量。

4)周術期危機管理
Spinalで麻酔。児娩出後に母が呼吸困難に。SpO2 95%。
1.考えられる病態
・高位脊髄くも膜下麻酔
・喘息や気胸などの一般的な呼吸困難を起こす病気
・輸液の過負荷 and/or 分娩後の子宮収縮に伴う循環血液量増加による肺水腫
・研修医が誤ってマレイン酸エルゴメトリンを静注した。それによる副作用の肺水腫。
など

2.対処法は?
・胸部聴診する。
・パルスオキシメータが指にきちんと付いているか確認。また、血圧低下がないか確認。
・その後麻酔高を確認。高位脊麻を否定する。
・血液ガス測定してPaO2を確認する。酸素化を維持できずみるみるSpO2が下がるようなら、患者さんに今の状況を説明したのちに、全麻導入薬を用いて気管内挿管。人工呼吸管理。
・術野の出血が落ち着いているなど、状況が許せば胸部X線撮影。肺水腫の有無を診断。
・肺水腫があれば人工呼吸管理。フロセミド投与したりして利尿。

5)接遇問題
翌日の脊麻後頭痛。NSAID無効。患者さんに頭痛の原因と対処を説明。
↓のような説明を参考にされるのがよいのではないでしょうか。患者さんの確認と、自己紹介を忘れずに。説明後には「何か質問はありませんか」を加えましょう。
http://www.neuroanesth.com/masui/faq.htm

*主な参考web
・麻酔をうける人と麻酔科医のためのページ
・帝王切開の麻酔のお手本となる一例
http://p.booklog.jp/book/5593/chapter/7747
・妊娠高血圧症候群は
http://www.jsog.or.jp/PDF/58/5805-061.pdf
・その他無料で読める「日本臨床麻酔学会誌」のバックナンバー

*参考図書
・最新産科麻酔ハンドブック 改訂第2版 p.253-278あたり
・LiSAのバックナンバー2009年4月号、2011年5月号p470など

うーん。これくらい答えれば、何とか合格点はもらえるだろうか??

これを書いていたら、前置胎盤の帝王切開で5000mlくらい出血したけど全麻にならずに乗り切った、という患者さんのことを思い出した。タイから来た留学生に拙い英語でレクチャーをしながら麻酔をするという、まさに初日だった気がする。専門医試験の勉強って、もしかすると自分がこれまで担当してきた数少ないハイリスク麻酔症例から得られなかった知識(その時は慌てていて、患者さんを生きたまま手術室から返すために対処することに必死で、何とか乗り切った後も、「何とかなったね、あぁよかったよかった」で終わって勉強が疎かになってしまった麻酔から、その都度得てしかるべき知識)の習得も兼ねてるんだろうか。だとしたら愛にあふれた試験だなぁ。試験対策に勉強した内容が仕事に役立つんだから、こんな幸せなことってない。

*お世話になったアルバム
VersaillesのHoly Grail (2011年, 日本)
ポップでドラマティックなMALICE MIZER系歌謡メタル。