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2010年4月10日土曜日

どんとこい、貧困 ― 湯浅誠

・溜めの小さい人が百の努力をして達成するものと、溜めの大きい人が努力して達成するものとでは、結果の大きさは違うかもしれない。(204)
・小さな結果しか出せなかった人はあまり努力をしなかったという見方が、自己責任論を増やし育てる培養器になっている。(205)
・関心は尊重につながる。(234)

生活最低費未満の世帯が230万世帯(全体の4.8%)になるという(2007年、厚生労働省まとめ)。
年越し派遣村の村長を務めた著者は東京大学卒業である。本書の中で著者は東京大学に入学してくる学生はお金や環境などのいろんな「溜め」があったからだと思う、と述べている。そういったものは本人の努力以前の前提条件だ。前提条件の「溜め」は自分で選べないものが多い。子供は生まれ育つ環境は選べない。選べない環境のまま大人になる。そうなると「溜め」がある環境で成長していれば得られただろう様々なスキルを身につけられないまま社会に放り出される。働く目的は、食べることや寝るところの確保のためだけになりかねない。「溜め」の少ない人に「頑張らなかったからそうなったんでしょう」と自己責任論をふっかけるのはあまりに暴力的だ。