麻酔科専門医試験の受験票は8月下旬頃送られてくるのか。なるほど。
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Pediatric surgery and parental smoking behavior. Anesthesiology 2011; 115:12–7.
に対するEditorial viewを読む。
An original study in this issue of Anesthesiology shows that only 6.6% of smoking parents maintained abstinence during the period when their child underwent surgery.
とあるように「我が子の手術という一大事」でも親の禁煙行動には殆ど繋がらない様である。このeditorial viewでは以下延々と喫煙の悪が述べられ、またそれを全力で阻止すべきという文言が続いている。そして矛先はアルコール乱用や過度の肥満にもちょっとばかし向かう。
「少しでも安全に、安楽に、合併症なく、周術期の患者さんに過ごしていただくこと」を至上の目的とする麻酔科医の集団としては当然の意見であろう。
「タバコ?あー心配いりませんよ。手術当日まで吸ってていいですよ」と術前外来で私がにっこりと微笑んで患者さんに応対しようものなら、ASAのみならずJSAからも、そして勤務先の病院からも追い出されるかもしれない(ASAについては会費を払わないでいたら、いつの間にか退会扱いにされたので、そのままになっているが)。
タバコが様々な癌の、独立した危険因子であることは、広く世間一般に知れ渡っている筈である。それが取りも直さず「死期を早める」ということも同様に知れ渡っている筈である(癌が死に至る病ではない、と考えている成人は殆どいない筈である)。
術前に「禁煙できなかったこと」が原因で術後に上手く痰が出せず、肺炎等の呼吸器合併症を起こし、死亡率が高まるであろうことも、想像力をちょっと働かせれば、医学的知識が乏しい方々でも、予想がつくことであろうと考えられる。喫煙により、血管が詰まりやすくなって心筋梗塞の合併率が上がることはもしかしたら想像が難しいかもしれないが。
それにも関わらず止められないのである。
わかっちゃいるけどやめられない、のである。
特にheavy smokerに多い肺癌や食道癌の手術では、麻酔科医は片方の肺で手術中の呼吸状態を良好なものに維持しなくちゃいけない。その「換気にあずかっている片方の肺」の気管支内に、吸引すれども吸引すれども貯留する粘稠な粘稠な痰。「SpO2が保てないんで両肺換気にさせてください」と術者の手を一時的にストップさせる行為が楽しいという麻酔科医は少数派だろう。「俺の分離肺換気が下手なせいじゃなくて、この患者さんが禁煙してないのがわりぃんだよぉ」とタバコに憎しみを覚える麻酔科医が多かろうことも想像に難くない。
でも、患者さんは止められないのである。
幸いにして私は、タバコによる依存が心身にできる遥か前に禁煙し、そのままタバコにお世話にならずに今日まで生きてきている。なので、「手術が必要であるにも拘らず禁煙できない喫煙者」の気持ちに寄り添うことは非常に難しい。
だから、乏しい想像力を駆使して、自分が患者になった場合を妄想してみる。
「ヘヴィメタルを術前に8週間は止めないと、術後譫妄になるリスクが非常に高まると言われています。それで自己抜管して呼吸困難になって死んでしまったり、生命の維持に必要な薬が流れている点滴をひっこ抜いてしまったりすると最悪の場合心停止するかもしれません」と麻酔科医に説明されたら。
または
「読書を術前に8週間は止めないと、全身麻酔後にGerstmann症候群を起こす可能性が高いといわれています。今日から本は一切読まないで下さい。」と麻酔科医に説明されたら。
恐らくどちらも達成不可能である。
だとすると、自分の目の前にいる患者さんが「胃癌の術前でタバコ40本/日を40年」でも「喘息があるけどタバコ20本/日を30年」でも、「禁煙できなければ手術は中止です」と間髪いれずに進言するのは憚られてしまう。
本当に気の毒な話である。
ヘヴィメタルや読書は「現時点では周術期合併症に影響を与えることが証明されていない趣味」なのに(そして恐らく今後も証明されないだろう、証明する人もいないだろう)、かたやタバコは「周術期合併症にドカンと影響を与えてしまい、その患者さんに関わった医療関係者が誰ひとりとしてハッピーになれない趣味」なのである。
タバコを愛してやまない、そして吸うことを止められない方々に、心の底から同情してしまう。
「喫煙が手術や麻酔後に悪影響を与える」という「科学的な根拠」がたくさん出揃ってしまっている現状を考えるに、一介の麻酔科医である私にはそれを覆す論理的反論は不可能である。だから、「喫煙で術後に肺炎になる危険性が高まります、それによって死亡率も上昇するという報告もあります・・・・・・むにゃむにゃ」と、目の前の患者さんの顔色を伺いつつ麻酔科医として申し上げるべきことは勿論申し上げようとは思うけど、カルテを拝見して「この患者さんは進行癌なんだなぁ・・・・・・」だったりすると、その方がどんなにheavy smokerだったとしても「禁煙してください」とは相当な逡巡無しには申し上げられないのである。
だから、「タバコを吸うことが人生の一部分となっていて、タバコを止めないと死ぬ確率が上がります、と言われても容易にはタバコから離れられない方々」のことを思ったとき、たとえ麻酔科医としては禁煙を断固指導しなければならないとしても、私個人の心には大いなる葛藤が生じてしまうのである。
それは「禁煙を指導するのは麻酔科医として当然のつとめだ」という、現時点では科学的には何の反証もできない「正義のお言葉」」に対して素直に服するのが嫌なのだ、という偏狭な精神から発することではなく「目の前の患者さんが手術中に痰が出てきて出てきて大変だよ、術中の麻酔管理や手術終了時の抜管の判断に困るのは、この患者さんの麻酔をする私なのに」という、もしかすると患者さんのためを思って発せられた言葉が、いつの間にか麻酔科医である自分の心の平穏のための言葉にすり替わっているだけかもしれないという、半ば妄想的な発想から来るのかもしれない。