本書では「本物の医師」の、7つの能力・資質が挙げられており、それ以外にも、現役医師に訊いて回答が得られた「本物の医師の条件」(p.187)が掲載されている。
著者の提示する7つの能力・資質とは以下。
・利益衡量(こうりょう)能力
・情報収集能力
・生命倫理への目配り
・人間性
・人権への配慮
・空間把握能力、推理力
・不確実性に立ち向かう姿勢を持ち続けること
私は、おそらくどれもこれもほんのちょっとずつしか満たしておらず、しょんぼりする。
本書には、現場の医師の端の端のそのまた端くれである私にも「まぁ、確かにそうですよね、そんなことすれば敗訴になりますよね」と思える事例が多く書かれている。これから医師になろうとする人、または医学部に来ようとする人たちが読んだら、少なからず怯(ひる)んでしまうのではないかと思う。場合によっては医師を志すこと自体をやめてしまうんじゃないかと心配してしまう。医学部受験前の13年前の私が、もし本書に触れていたら「こんなのとてもじゃないけどできないし素質もない、やっぱり自分には向いてないだろ。やーめた」と思っていたに違いないのである。だって今でもそう思う。でも、それは私が「本物の医師」ではなく、偽物の医師であるか、或いは「本物の医師」になる中途の道を万が一にも辿っているか、はたまた、あさっての方向に歩を進めているかということだろうけど。
率直に申し上げるならば、本書読了後、医師の大事な資質の中に
何があってもめげない心
がないのが不思議だった。
予想される治療結果が得られずに患者さんが亡くなってしまったり、当直中に集中力を欠いて、インシデントを起こしてしまったり。そういったことを真摯に振り返りつつ、けれども、のめり込みすぎずに「次、がんばろ!」と言えないと(言えなくてウジウジしながらでも行動できないと)、やっていけない気がする。恐らく、著者が言及するまでもないくらい、「本物の医師」になるためには当たり前の素養だろうし、恐らく「普通の医師」になるために必要な素養だろうと思う。
また、
正当化の基準の一つである法は、医師に決して不可能を要求しません。また、手を尽くした医師を断罪することもありません。(p184)
と著者は書いているが、これは
「ただし、著者が挙げた能力や資質をもった医師に対しては」
という言葉を付け加えねば成立しないと思った方がよいだろう。
私のような「本物でない」医師から見て、「こりゃ(敗訴になった医師にとって)あんまりな判決だ。」という事例は既に結構出ていると思う(日経メディカルの「医療訴訟の「そこが知りたい」―注目判例に学ぶ医療トラブル回避術」を読むだけでも小心者の私には、医師を続けていくことが恐ろしくて仕方ない)。
だからといって、医師になること自体はとんでもなくハイリスクでも、とんでもなく敷居が高いものでもないと思う。
本書を読んで怯んだ学生さんたちには「大学生」や「研修医」になってからでも開発される能力が多く潜んでいるんだよ、と現場の片隅から励ましてみたい。たかだが20年弱で上記の能力や資質が育まれるような環境で育つ人間なんて、稀だと思う。そして臨床の現場を支えているのは、「本物」かどうかは別として、多くの「普通」の臨床医たちである。医学部受験を乗り越えられるだけの気力と体力があれば、上記の能力・資質はトレーニングによって身につくだろう。多分。
取り敢えず、「こないだの模試の数学、最悪の出来だったぜ」とか「また志望校がE判定だったよ~」を乗り越えた先に、医学部での実験、実習、数多の試験、そしてその後の研修医としての現場において、医師として身に着けるべき能力や資質は、十分身についてくるのではないかと思う。