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2010年3月28日日曜日

膠質液に関するあれこれ

「白金台」という私用ではまず降りることがない駅に降り立ったのが8時。地下鉄のホームから地上に出て周りを見て早くも後悔。まわりに喫茶店が一件もないのである。どこまで見渡してもない。ない、ない。10分ほど目当てのホテルを中心にうろついてみたが、ない。私はどこかに講習会に行く際には30-60分早めに着いて、のんびりと時間を使うのを習慣にしているのだが、風邪がまだ完治していなかったからなのか計画が非常に甘かった。仕方ないので早めに会場のホテルに行く。そこでまた後悔。closedの会だからなのか学会などでよく見かける重鎮先生が大勢いるのだ。私のような小童同然の者が参加していい会なのか・・・。

まぁそんな心配、緊張、後悔の念は講演が始まると忘れ去ることができ、そしてHESに関していかにこの島国が世界から取り残されているかを実感するに余りある会であった。

偶然以前に抄読会で担当して読んだ
Anesthesiology 2009;111:187-202 Hydroxyethyl starches: Different Products - Different Effects
の著者Westphal先生の講演に始まり、内外の著名な先生方の講演を聞くことができ、とても実りある一日だった。

<後で思い出すための以下メモ書き>
HESの性質を規定する4つの因子。特に置換度が重要。
例) 6% HES130/0.4/9 という製剤があったとすると
1.6%・・・溶液の濃度(concentration)
2.130・・・分子量(MW:molecular weight, 単位はkDa)
大きい程、毛細血管から漏出しにくく、循環血液量を長時間維持できる。
3.0.4・・・置換度(MS:molar substitution)
ヒドロキシエチル基に置換しているグルコピラノース環の割合。
高いほど分解が遅い。
4.9・・・C2/C6比
グルコピラノース環の6つの炭素のうち、2位にヒドロキシエチル基がついているものと6位についているものの割合。高いほどα-アミラーゼによる分解が遅く、粘度が高い。高い程血管内にとどまりやすい

・ Let’s stop talking about “wet” and ”dry”. ― 患者個々人にあった輸液のゴールを設定すべき。
・VISEP study(Brunkhorst FM, et al. : Intensive insulin therapy and pentastarch resuscitation in severe sepsis. New Eng J Med 2008; 358:125–39)は10%HES 200/0.5 VS 晶質液 。HES群で死亡率上昇しているという結果だったが、その患者の38%が20ml/kg/dayを超えたHESを投与されていたという問題点があった。というように論文で”どのようなHESをどのように使用しているか”をきちんと理解したうえで臨床に還元したほうがよい。この論文を根拠として、現在日本で使われている6% HES 70/0.55/4を重症敗血症には使えない/使わないという理由にはならない(高分子HESをダイヤル式電話に、中分子低置換度HESを携帯電話に例えていたスライドが印象的であった。)
・Hespanderが第8因子、vWF, vWFAgに与える影響は少ない
・1mOsm/kgH2O = 19.3mmHg
・晶質浸透圧 5600mmHg:細胞膜、脳血管関門
・膠質浸透圧 25mmHg :内皮細胞間隙
・毛細血管灌流は膠質液で上昇
・膠質浸透圧は膠質液で上昇
・ 複数の演者が取り上げていたのが、以前抄読会でO先生が発表していたAnesthesilogy 2009; 110:496-504の「動物実験に生食とHESを輸液した場合に大腸の酸素化がHES群でよくなった」という論文だった。
・輸液の指標としてはstatic parameters(静的指標:HR. MAP, CVP, PCWP)よりdynamic parameters(動的指標:心拍出量など)を利用したほうがよいのでは。別の言い方でpressure orientedではなくflow orientedで。またはモニターの血圧からフローを類推するような管理を。
・コロイドでpreloadしておくとCOが上昇
・アルブミン
・頭部外傷患者には生食治療群よりアルブミン治療群で予後増悪(NEJM)  
注:アルブミンも5%と20%以上のものとがあるから、目の前の患者への実践には論文を読んで判断したほうがよかろう。
・半減期は20-24日程度
・手術後は血管外に出て行くのが正常の反応。そして低アルブミン血症が起こる。そこに外からアルブミン製剤を入れると浮腫を起こしやすくなる。
・20%以上の高張アルブミンを過剰に入れると腎障害が発生
・論文はread between the line. よく読むこと。
・メタアナリシスは注意深く見る。特に結果に大きな影響を与えるている論文がどのようなdesignでやっているか。患者は、輸液は、その量は???

・用量の問題
・日本は恐らく米国で多く使われている大分子製剤へのFDA勧告が20ml/kgだったから、それに習って今の量に設定されているようだが、置換度0.5の第2世代HESならば世界的には2000ml程度の利用が普通。
・ラクテック注の添付文書にも(用量に関しては)同じようなこと書いてある。ならばなぜHESだけ1000mlきっかりしか入れない?
・厚労省は2005年に20ml/kgを超えた量も投与も状況によっては考慮、と変更している。
・麻酔科学会でも2000-3000mlの投与を許容
(確かに麻酔科学会の「指針・ガイドライン」→「輸液・電解質液」のHESの項目を見るとそのように記載してある)

その他
・加温した輸液ボトルを患者の手などに当てたままにして低温熱傷をつくらないように注意。米国では訴訟の対象になっている。
・出血時には大量HESも許容される?大出血時の大量HES療法は術後AKI(Acute Kidney Injury)のリスク因子にはならない。術前腎機能障害だけがリスク?

全体を通しては、Volume therapyに関する7つの神話として講演したBoldt先生のセクションで「Do not treat myths, treat patients using new data.」と言っていたのが印象的であった。

出血時にはHESを入れてもどうせでていくのだから、代謝が早い6% HES 70/0.55/4なら組織蓄積もそれほど気にすることなく輸液できる感じはある。私は常識と慣習と周りの目に縛られたまま、真に患者のためにならない実践を繰り返しているのかもしれない。現在第三世代HES(Voluven; 6% HES 130/0.4/9)が治験中だとのこと。ヨーロッパのように術中に50ml/kg使用できるようになれば、術中のアルブミン使用量や輸血使用量は確実に減少するだろう。それに伴って医療費も減少するだろう。だが実践に当たっては、HESによる凝固異常や腎機能障害を必要以上に危惧する外科医や術後管理に携わる集中治療医のHESの理解が不可欠であろう。

***
・CVPは輸液反応性の指標にはならない (Does central venous pressure predict fluid responsiveness? : A systematic review of the literature and the table of seven mares. Chest 2008; 134: 172-8)