最後まで飽きることなく読ませていただきました。臨床麻酔学会のお供として携行するにはハードカバーで少々重かったですが、読み終わるのがもったいないと思うくらい面白い物語でした。
「面白い」の理由の1つは、理系の大学生活~大学院生活という、描き方によっては硬く無機質な世界を描いているにも関わらず、描かれている世界が愛で溢れているからです。「研究」に対する愛ある言葉・信念の数々が作中に頻繁に出てきます。そしてそれは、著者自身の人生において考えてきたことがそのまま出てきているのだと感じられるような、熱のこもった言葉に感じられました。
・誰にでもわかるようにしておくこと、つまり文章として書き記すこと、一種の遺言のようなもの、それが、すなわち論文なのだ(71)
・自己満足できたら、それはもの凄く良い状態だね。自分が満足できるなんて、そんな素敵なことはない。それは価値が大ありだ(75)
・北極のオーロラも見たかったけれど、それよりも、その現象について書かれた専門書を熟読する方がずっとオーロラを体験できるだろう。僕は「体験」とはそういうことだと思っている。(85)
・良い経験になった、という言葉で、人は何でも肯定してしまうけれど、人間って、経験するために生きているのだろうか。今、僕がやっていることは、ただ経験すれば良いだけのものなんだろうか。(152)
・こういったものは、もうほとんど完成だ、と認識してからが長いのだ、ということが身に染みてわかった。(246)
・とても不思議なことに、高く登るほど、他の峰が見えるようになるのだ。これは、高い位置に立った人にしかわからないことだろう。・・・(中略)・・・だから、なにか一つの専門分野を極めつつある人は、自分とは違う分野においても、かなり的確な質問ができるし、有益なアドバイスもできる。僕はまだよくわからないけれど、大学の先生という職業が成り立っているのは、こういう原理だと思える。(290)
・山を乗り越えるたびに満足しているけれど、冷静に観察すれば、一所懸命山を作っている自分が見えてくる。(291-2)
私としては、このような文章に出会えることそのものが「人生って素晴らしいな」と思えるような体験です。