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2011年12月21日水曜日

(本) 2011年下半期の本と今年1年の読書雑感

今年はまだ10日程ありますが、一応今までのまとめ。特に順番に意味はありません。しっかし、「罪と罰」っていう本は、本当に損していると思う。こんなに面白いのに(という私もやっと読了したばかりですが)その厚さと、その著者名と、その題名で狭き門だと多くの人に思わせていると思います。

・罪と罰(1-3巻)、ドストエフスキー、光文社古典新訳文庫、2008-2009年(原著:1866年)
・「ぐずぐず」の理由、鷲田清一、角川選書、2011年
・人間の往生、大井玄、新潮新書、2011年
・夜間飛行、サン・テグジュペリ、光文社古典新訳文庫、2010年(原著:1931年)
・暴力に逆らって書く 大江健三郎往復書簡、大江健三郎、朝日文庫、2006年
・気になる部分、岸本佐知子、白水社uブックス、2006年
・ねにもつタイプ、岸本佐知子、ちくま文庫、2010年
・空海の思想について、梅原猛、講談社学術文庫、1980年
・暇と退屈の倫理学、國分功一郎、朝日出版社、2011年
・一般意志2.0、東浩紀、講談社、2011年
・オイディプス王・アンティゴネ、ソポクレス、新潮文庫、1984年(原著:紀元前427年頃)
・ナラティブ・メディスン 物語能力が医療を変える、リタ・シャロン、医学書院、2011年(原著:2006年)

本当の本は私たちを読む。私はエリオットの詩に読まれ、『ユリシーズ』に、『失われた時を求めて』に、『城』に、若い時から長年にわたって読まれてきた。これらの本の中には最初、私を拒否したものもあった。私はそれらをうんざりさせた。しかし私が年をとるにつれ、そしてそれらが私のことをよく知るようになるにつれ、それらは私に共感をよせるようになり、私の隠された意味を理解するようになった。(ナラティブ・メディスン p160にて引用されたライオネル・トリリングの言葉)

***
「オイディプス王」を読むと、少なくともこの2500年間、人類が全く進歩していないように感じます。そしてこの自分の、人生において初めて内から沸き起こる感情、その全てが、これまでこの世に生を受けた人、どなたかが必ず通過したであろう感情なのだろう、と曲がりなりにもいろいろな人の書いた、いろいろな人の本に触れることで気づきました。だから、その意味では、どんな感情が生じても、自分一人で抱え込むものでもなく、自己憐憫に浸るものでもなく、まして誰も分かってくれない、なんて思う必要もないのです。私と、あなたと、彼と、誰かと共有しているであろう感情というのは、たとえ自分の身の回りにはなくても、必ずあります。
と書いている自分が、別に非常な苦境に立たされているわけでは全くなく、もしかしたら、そのような感情に苦しめられている人が、どこかにかいたら、私はそのそばでそっと立ち尽くしていたいと思うのです。たとえ共感することも理解することもできなくても空気を共有することができる。そういうことをきちんとしてしまう優しい(?)人はきっといるでしょう。私は妄言するだけかもしれませんが、自分の想像力が、自分がいくつ歳を経ても、1年前の自分よりも広がっていたい。そう思う今年1年の読書生活でした。何を言っているかよくわかりませんが、まぁ、よく分からない1年だった…そういうことです。

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