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2010年10月27日水曜日

(雑) 小児麻酔レクチャー終了

「第3子誕生後の育児休暇取得を表明した県知事」の下に寄せられた意見の8割は批判的なものだったそうな。「わざわざ時間を割いて人に意見する人」の母集団にはそもそも「文句を言わずにはいられない"自称"批判的な人」が多いのではないでしょうか。と、私は「人を批判する人」を批判しているわけではありませんよ。
意見の8割が「育児休暇が取れるなんて大層な身分だな」等の批判的なものだった、という記事を読んで、「確かにその通りだ、けしからん」などと「批判的な意見をもつ人」の1人になったとしても、その人を批判的な人とは呼ばないでしょう。その時点での彼は、自分の与しやすい意見に同調しているだけですから。
このように始めは他人に同調して批判していただけだったのが、それを繰り返しているうちに気がつくとその人も立派な「批判的な意見をもつ人の内の1人」になっている、ってことはありそうな話です。

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新しいシステムを作るときに障害となるのは、真っ向から対立する批判的な意見とやる気のない構成員。そして最も障害になるのは恐らくそれまでどっぷり漬かって個々の体に染み付いた習慣でしょう。人や組織が老化するとすれば、染み付いた習慣を浄化する力がなくなった時なのかもしれません。今日出席した会議の中では抵抗勢力は全くありませんでしたが、ぼんやりとそのようなことを考えました。

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今日は手術室看護師さん向けに「小児麻酔」のレクチャーをしました(30分+質疑応答10分)。看護師さん相手にレクチャーをするのは今回で5回目になりました。
まだまだ知識も実践も不足しているいることを誰よりも自覚しているのはこの自分自身です。そのため、教える機会が自分の「無知の知」に気づくチャンスになったことは非常に感謝したいことです。人に教えるためには言葉にして吐き出す知識の何倍かの「時間の都合上、言葉にして伝えられない知識の下地」がなくてはなりません。今回は「時間の都合上、言葉に出来ない数倍の知識の下地」を増やすいい機会になりました。同時に普段の麻酔の実践の裏づけとなる知識が教科書なり論文にあるのかどうか、を知るいい機会になりました。日常臨床において自分の麻酔を直接指導してくれる指導医がつかなくなり、自分より若い人たちの指導をするようになると、臨床麻酔はどうしても自己流になりがちです。その「自己流」が正しいかどうかを時々意識的に見ないと、根が怠け者の私はすぐにだれてしまうのです。
教えるために準備をするのは大変ですが、かけた労力と得られる見返りは凡そ1:1であることを忘れてはいけません。どんな仕事も雑用だと思った時点で試合終了なのです。
スライドを作るのも大事ですが、昼間の業務が終了して疲れているであろう若手看護師さんたちを相手に、暗室で30分間、眠気を誘わずに聴かせられるような話し方で話せていたかどうかは不明です。どんなにためになることを喋っていたとしても、聴いてもらえなければ全く無意味ですから。
缶コーヒーとペットボトルのお茶をどうもありがとうございました。

2 件のコメント:

Tomoko さんのコメント...

おつかれさまでした。
いつも先生の活動力には感服いたします。
人に分かりやすく教えるって、本当に分かっていないと出来ないですよね。
わたしは研修医に教えようとして、「あれ?分かっていたつもりだったけど分かっていなかった。」って気づくことがしょっちゅうです。ごめん、研修医さんって感じです。
是非是非、小児麻酔、わたしたちにも教えてください。

fragilemetalheart さんのコメント...

>Tomokoさん
コメントありがとうございました。
まだ学生だった頃「≪教育≫とは≪共育≫です。教える方も教えられる方も学ぶものです」という話を聞いたことがありました。その頃は大して気にもとめませんでしたが、曲がりなりにも教える側に立ち始めると、その平凡な言葉の奥深さを感じますね。