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2013年11月13日水曜日

(雑) All it needs is courage.. imagination...and a little dough.

チャールズ・チャップリンの映画「ライムライト」(1952年)での名言として有名です。先日、友人との会話の中でふと出てきたことを思い出したので書いてみました。

勇気、想像力、少しのお金。

わたしは「愛と勇気とサムマネー」と記憶していたのですが、違いましたね。

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上野駅から歩いていける場所にある東京都美術館で10月8日から開催しているターナー展に、先日、行ってきました。ご近所の国立西洋美術館ではミケランジェロ展も開催されていますし、東京藝術大学大学美術館では「国宝興福寺仏頭展」も開催されています。上野公園界隈は、何とも懐の深い場所です。

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ミケランジェロ展には、ターナー展よりも前にお邪魔したのですが、彼が描いたシスティーナ礼拝堂の天井画(1508-1512年)と、祭壇の壁画(1536-41年)の制作年代は、全く異なるということを知りました。


ミケランジェロ展の帰りに購入したこの本「ミケランジェロ - 木下長宏著、中公新書」の中でこのような文章に出会います。

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 だから、われわれは、ミケランジェロの作品の前に佇(た)って、まず、その問いに耳を傾けなければいけない。前もって答を用意して作品に向かうほどつまらないことはない。そうして、作品の前に佇ち、彫刻の場合はとくにその作品の周りを廻ってみることが不可欠だから、作品と向かい合い作品を巡って観ながら、その問いかけるものに耳を傾けるとき(美術作品を観ながら耳を傾けるのである)、突然目くるめくような、言葉にならない感動に包み込まれる―そんな瞬間が訪れる。
 そのとき、作品が問いを発しているのか、それを観ている自分が問いかけているのか、どっちがどうなのか、一瞬はっきりしないような感動に包まれている。
 おそらく、その作品を制作している作者本人も、その制作途上の作品(未生の作品、まだ形になりかけの物体)が問いを投げかけているのか、その石を削っている自分が問いを石へ投げ出しているのか、区別がつかない経験をしているにちがいない。 p.119

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別の時に、ガンディーの「獄中からの手紙」(森本達雄訳、岩波文庫)にある文章に再会しました。



奉仕の生活は謙虚な生活になるはずです。他人のために自らの生命を犠牲にささげようとする人には、自分のために陽当りのよい場所を確保する暇(いとま)などほとんどありません。ヒンドゥー教にまま見られてきたように、無為無気力を謙虚さと思い違いをしてはなりません。[そのような思い違いがあったればこそ、無気力や偽善がしばしば、謙虚さの名のもとにはびこってきたのです。]真に謙虚であるということは、全身全霊を人間性(ヒューマニティー)への奉仕に向けた、不断の精進努力を意味します。神はひとときも休むことなく、たえず働きつづけています。 p82-3

***


いろいろな人たちから、いろいろな言葉を受け取ります。

その言葉ひとつひとつは、皆さんそれぞれが、それぞれの、そのときどきの本気で伝えてくださっているものだと思います。

どんな言葉でも、それぞれの方々の、それぞれの想像力と経験から出た言葉。

私には、自分以外の人たちが、どれくらいの想像力と経験をもって言葉を発しているか分かりません。だから、どの言葉を自分の行動に取り込んだら良いのか、については毎日試行錯誤の繰り返しです。

発せられた時に取り込めないと思えるような、その時の自分の状態から程遠いような場所を思わせるような言葉だとしても、一度は自分の中の隅っこの方に置いておきたいと思います。取り込めないと思って排除してしまうと、将来、あれはそういうことだったのか、と思い出して取り込みなおすチャンスが永遠に訪れません。それはとても勿体無いことです。

2013年10月25日金曜日

(音) 10月の音〜MozartからBABYMETALまで

ヒュー・ジャックマンが主演の、9月13日から公開されていた映画「ウルヴァリン:SAMURAI」の導入部で、ラジオから音楽が流れてくる場面があります。どこかで聴いた音楽でした。思い出すのに時間がかかると思っていたら意外にも20秒くらいで思い出せました。モーツァルトのレクイエムの「Rex Tremendae」でした。カール・ベーム(Karl Böhm)指揮の音源がありましたので貼っておきます(iPhoneやiPadなどではYoutubeの動画のリンクが見られないかもしれません)。


映画の中で、自分が好きな音が不意打ちのように流れてくると嬉しくなります。今回の嬉しさはジム・キャリーが主演の映画「イエス・マン」のイントロで、Journeyの「Separate Ways」が聞こえてきた時と同じくらいでした。

Journeyの「Separate Ways」
流石に古臭い映像ですが、音楽は素晴らしい。



そういえば宮島の宿で、John Coltraneの「A Love Supreme」のCDと出会ったのでした。

John ColtraneのA Love Supremeの#1収録の「Acknowledgement」


このアルバム、何度も聞いていたのですが、うーん、という感じであまりその良さがわからなかったのですが、旅先で聴くと、少し別のもののように、少しよいもののように感じられました。


丁度、このような厳島神社の夜景を見た後に聴いた後だったからなのか…。まぁよく分かりませんが、この先、このアルバムを聴くたびに、私は夜の宮島を思い出してしまいます。それはDream Theaterの「Sacrificed Sons」を聴くたびに、2011年のASA(American Society of Anesthesiologists)で訪れたシカゴの街を何故か思い出してしまうのと同じようなものです。
そういう「〜〜を聴くと〜〜を思い出す」みたいな感覚って、皆さんにあるんでしょうか。

Dream Theaterの「Sacrificed Sons」
6分20秒過ぎくらいからじわじわじわじわきて、最後まで緊張が途切れないのです。


と、最近聞いた音楽をつらつらと思い出しましたが、今月、最も衝撃を受けたのはラウドパークday2でみたBABYMETALです。


私はこの日のライブ、Metal Clone XとBreaking Arrowsを除く9バンド(King Diamondは来なかったからね…)のステージを、鼻水ずるずるさせながらさいたまスーパーアリーナで計9時間ほど聴いていたのですが、BABYMETALが1番盛り上がってたんじゃないかと思います。少なくとも、(私を含めて)BABYMETALを聴いたことないであろう人たちに1番ヘッドバンキングさせていたのは彼女たちのライブだったと思います。あーあ、イングヴェイがオオトリやるより、彼女たちにしてもらったほうがゼッタイ盛り上がったと思います。名曲「Far Beyond the Sun」が生で聴けたのはよかったんだけどなぁ…。

Yngwie Malmsteenの「Far Beyond the Sun」(動画の2分55秒〜)
この動画は日本フィルハーモニー交響楽団と共演した時の音です。



そしてBABYMETALの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」
こんなの、本当、よく思いつくよなぁ。


2013年9月16日月曜日

(映) チャンス (Being There - 1979年, US) - ゆるコメディの傑作です

最近、友人に教えてもらって見る機会に恵まれました。1979年のアメリカのコメディ映画。私が生まれる前の年に公開された映画。

本作を見終わってから知ったのですが、主演のPeter Sellers、本作が最後の撮影となり翌年54歳で心臓発作で亡くなっています。Wikipediaによれば、39歳からペースメーカをつけていたそうです。こんなに仏のような笑顔が出来る人でも、現世における長い寿命は与えられないのですね…、本当に人生は不平等です。死は人を選ばずに迎えに来るのでしょうか。

本作はワシントンD.C.が舞台ですが、劇中、わりと前半にこんなシーンが映されます。



もしかしたら麻酔科の先生の中にも、去年のASAでこの辺りを歩いた方がいらっしゃるかもしれません。左手に169mのワシントン記念塔Washington Monument、そして53歳の男の背中がスクリーン中央に。私も昨年の10月、この辺りを友人と二人で歩いたことを、本作を見て思い出しました。

もしこの風景に幾許かの郷愁を感じる方がいらっしゃれば、本作の130分、無駄にはならないと思います。ハッピーな気分になれる、おすすめの1作です。

2013年9月13日金曜日

(映) 風立ちぬ ― 夢のような1作でした

なんで映画館で観たかといいますと、周りで何回かこの映画のことが話題に上ったこと、堀辰雄の「風立ちぬ」をKindleで0円で購入して読み始めたこと、そして最終的にはこのプーチン氏が表紙のTIMEのp43-46で紹介された記事に下記の言葉を見つけたことによります。

The wind is rising! We must try to live! (同記事p44)


日本人なのに、外国人による外国人のための映画紹介の英語の記事が行動の最後の一押しになるとは。ちょっと負けた気がします。


宮崎駿氏監督の映画を映画館で観たのは「千と千尋の神隠し」(2001年)以来ですから、12年ぶりになります。というかハウルもポニョも未だに見ていませんでした。ジブリのアニメを映画館で見るという行為が何となく苦手なのです。


そういえばこの新潮文庫の「人間の土地」の表紙の絵、それと巻末p237からの「空のいけにえ」という文章を宮崎駿氏は担当しています。この本は、以前当ブログで触れたことがありました。
サン=テグジュペリの「人間の土地」は、氏の「夜間飛行」とは異なり、未だに私にとっては身近な一冊になっていないのですが、この「空のいけにえ」の文章が妙に心に残っていたことも、映画館に私の足を運ばせた一因でした。この文章です。

***
風景は、人が見れば見るほど摩耗する。今の空とちがい、彼等のみた光景はまだすり減っていない空だった。今、いくら飛行機に乗っても、彼等が感じた空を僕等は見る事ができない。広大な威厳に満ちた大空が、彼等郵便飛行士達を独特の精神の持主に鍛えあげていったのだった。
(中略)
人類がいまだに空を飛べなくて、雲の峰が子供達の憧れのままだったとしたら、世界はどうちがっていただろう。飛行機を造って手に入れたものと、なくしたものとどちらが大きいのだろうかとも考える。凶暴さは、僕等の属性のコントロール出来ない部分なのだろうか。(同p241−3)
***

この文章が、映画が始まる前から、そして劇中、劇終了後、ずっと私の脳裏にあったものですから、あぁ、これはもう宮崎駿氏が作りたかった映画で一番のものだ、と誠に勝手ながら得心した次第です。これが本当の引退作になってもおかしくないでしょう。また作ると言い出すのかもしれませんが。

この映画には夢も妄想も希望も絶望もありますが、サン=テグジュペリを敬愛する氏の想いを映画にするとしたらこれ以上のものはないでしょう、きっと。
久石譲氏の作った映画のメインテーマ、これも神懸ってますね。音楽を聴きに、もう1回観に行こうかなぁ。

2013年8月19日月曜日

(音) (映) ブラームスとブラッド・ピットとZとMuseな夏の日

8月も半分過ぎました。空は相変わらず青いのですが、外を歩くとそこら中に蝉の死骸を見つけてしまいます。1週間前にはそんなことはなかった気がしますので、時間は同じ早さで前に進み続けているようです。


1週間が終わり、そして始まりました。今日までのこの1週間は、私個人にとって8月最大の山場でしたが、何とか乗り越えることができたような気がします。時間に換算すると、ルーチン化した技術や知識による活動が90%、新しいチャレンジによるものが10%程度の1週間でしたが、後者の10%を経験させていただけたお陰で、自分にとってどんな課題があるのか、少し見ることができました。機会を与えてくださった皆さんに感謝したいと思います。

***
映画館に行きました。数年ごとに映画に対する愛が戻ってくるようですので、その流れに任せて足を運んでみました。

映画が始まると、どこかで聴いたようなBGMが流れてきました。

イギリスの超有名なロックバンド「Muse」(ミューズ)の現時点での最新アルバムに収録されている「The 2nd Law: Isolated System」でした。

「アルバム制作中に、僕は『ワールド・ウォー Z』の本を読んでいたんだ。だから、ある意味理想的だよ。当時は映画について何も知らなかった。ただ、人から素晴らしい本だと言われて読んでいたんだ」と彼(注:マシュー・ベラミー)はMTV Newsに伝えた。(MTVJAPAN.COMより引用)

ということのようですし、それを知らずにブラッド・ピットが彼らの曲をサウンドトラックに起用したいと思ってのことのようでした。


今日見た映画のタイトルは「ワールド・ウォーZ」(World War Z, アメリカ, 2013年)です。この映画の監督はマーク・フォースターという方で、ダニエル・クレイグの「007 慰めの報酬」(2008年)やジョニー・デップの「ネバーランド」(2004年)といった作品の監督でもあります。

僕は「Z」が何を意味するのかよく分からず劇場に足を運んだのですが、Zombie、すなわちundeadのZだったのでした。究極の世界大戦、という意味で「Z」なのかと思いましたが、そうではなくて、ヒト対ゾンビ、即ち「living V.S. living dead」だったという訳です。
なるほど、ブラッド・ピットほどの男が主演する映画で、「World War Zombie」とわざわざタイトル付け直す訳にいかないですものね。そもそもこの映画の原作自体(World War Z: An Oral History of the Zombie War)というタイトルのようですし。

しかし、この映画。ゾンビ映画か、と思うと途端に見る気をなくす方も多いと思いますが、最初から最後の数分手前まで、全く息をつかせないテンションですよ。前回ご紹介した「アイアン・フィスト」とはまるで次元が違う映画です。映画自体を「単なる暇つぶしでしょ?」と言われる方にとっては全く同じ次元の映画なんですが、好きな映画嫌いな映画などをお持ちの方にとっては、違う次元の映画になると思います。

頭部を撃ったり破壊すると活動を停止する設定自体は、この何十年かのゾンビ映画の伝統に則っていますが、ゾンビに噛まれたヒトがゾンビ化するまで10数秒と極めて早いこと、そしてゾンビになった後の運動能力が極めて高い(つまり異常な速さで走る)こと、などは、これまでのゾンビ映画とやや趣を異にしていると思います。走るゾンビといえば、2005年のゾンビ映画「ドーン・オブ・ザ・デッド」や昔の「バタリアン」などが思い出されますが、それらの映画のようなコミカルさが、この映画にはまるで感じられませんでした。

それにしてもブラッド・ピットがゾンビ映画の主演、プロデュースをする日が来るなんて、想像していませんでした。確かに彼は1994年の映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」で吸血鬼になったこともありますし、翌年1995年の「12モンキーズ」ではウイルス学者の息子である精神疾患的なジェフリー・ゴインズ役を演じたこともありましたから、ゾンビと戦う日が来ても不思議ではなかったのかもしれません。

この映画はあとでもう一度見直したいと思いますが、手垢にまみれたゾンビ映画の新たな地平線の一部を作った作品かもしれない―そんな嬉しい驚きを与えてもらった一作になりました。まともなスプラッタシーンが殆ど無いにもかかわらず怖い映画でした。

***
ブラームスの音楽を聴きに行きました。


曲目は「ピアノ協奏曲第1番」です。1857年。ヨハネス・ブラームスが24−5歳の時に完成させ初演が行われた作品です。まだこの作品に触れたことがない方には、是非とも触れていただきたいのですが(と言っても私自身、この1、2ヶ月前から聴き始めたばかりです)、楽曲自体に孤高の輝きが宿っていることは勿論ですが、下の本を読むと、この曲の作られた背景に言葉を失いそうになります。


少し長いですが引用させていただきますと、


 1856年7月29日、ドイツ・ロマン派の巨匠ロバート・シューマンは、七人の幼児を最愛の妻クララに残して47歳の生涯を終わった。クララは36歳、長女マリエは14歳、末子フェリックスはわずかに2歳であった。
 31日の葬式はブラームス、ヨアヒム、ヒラーら各地から馳せ集った故人を畏敬する人々の手でしめやかに行われた。クララは「埋葬の音楽が聞こえた。彼の遺骸は埋葬される。しかし私は、はっきりとそれは彼の肉体のみで、霊魂は私とともにあるという確信があった。この時ほど、ひとりで生きうる力を与え給えと、神に熱心に祈ったことはない。私の幸福は彼とともに去った。新しい人生がすでに始まっているのだ」と当日の日記に記しているごとく、涙を拭いて、健気にも悲しみの中から雄々しく立ちあがる決心をしていた。
 ヨハネスはクララの疲労を案じて、心の沈みがちなクララを誘って、姉のエリゼとともに子どもら二人を連れて、スイスに保養の旅にのぼった。美しいスイスの自然も、クララを慰めることはなかったが、ヨハネスのさしのべる献身的な純真な愛情は、クララをいかに力づけたことであろう。10月、ヨハネスが両親のもとに発った日には、「今日ヨハネスが発った。停車場から帰宅した時は、葬式から帰ったような思いがした」とクララは記している。この10月の上旬にブラームスは有名な「ピアノ協奏曲第1番 ニ短調」(第1楽章)を完成している。

恩師の死を間近に経験し、その恩師の子どもたちの面倒や勉強の世話を献身的に行うのと同時期に、この作品―完成から150年以上たった今でも世界各地で演奏されているであろうピアノ協奏曲―が生み出されたのです。


人間の努力には限界がないんでしょうか。

2013年8月9日金曜日

(雑) 越える山は幾つでもあるものです、越える気概がその胸の内にありさえす れば。

少し前の話ですが、暫(しばら)くぶりに―最後に目にしてからもう10年以上経ったと思いますが―東武線の浅草駅を見ました。記憶の中の私の浅草駅はこんな様相ではなかったので、嬉しい驚きでした。この日、珍しく15000歩/日、歩きました。



ここ数年で、胃腸の調子が、最も具合の悪い1週間でした。社会人になってからは、発熱しても風邪を引いても食欲だけは維持されていましたが、今回に限っては、食べたいと思うものや飲みたいと思うものが摂取出来ませんでした。このようなことは、カンピロバクターに罹患した10年ちょっと前以来のことです。
幸いにも、皆さんのお陰で、もう少しの時間で復調できそうです。ご迷惑をお掛けしました。

***
先日、アイアン・フィスト (The Man With The Iron Fists 、2012年、米・香港合作)を見ました。ブログに映画の記録をするのは久しぶりな気がします。この映画でいいのかわかりませんが、見てしまったのですからどうしようもありません。映画館で映画を見たのは「レ・ミゼラブル」以来。7ヶ月ぶりに映画館で映画を見ました。なんでも8月3日が公開初日だったらしいです。



タランティーノ、ラッセル・クロウ、ルーシー・リュー、が並んでいれば、予備知識ゼロ…というか上映されることすら知らなかったとしても映画館を素通りすることはできません。
監督&脚本&主演&音楽を務めているRZA(レザ)はアメリカの「ウータン・クラン」(1992年から活動)というヒップホップグループのリーダーの方らしいです。今日はじめて知りました。どうりで本作ではヒップホップがBGMとして多用されているわけです。
このRZAという方。wikiを見るとタランティーノの「Kill Bill」の音楽も手がけた方なんですね。ということは私もこれまで無意識のうちにRZAの音楽を聴いていたということになります。今度ウータン・クランの1993年発表のアルバム「燃えよウータン」を聴いてみたいと思います。

本作は19世紀の中国のとある村を舞台としたカンフー映画ですが、タランティーノが監督した新作です…と言われたら全く疑わずに受け入れてしまう自分がいます。

これは凄いですよ。「Kill Bill vol.1」や「Death Proof」(デス・プルーフ in グラインドハウス)に、ジャッキー・チェンの「酔拳2」を混ぜたようなテンションです。これらの映画が好きな人は本作も多分好きだと思いますが、生理的に受け付けない人も多いのではないかと思います。まぁR-15指定ですし、劇中、腕や頸は刃物で切断されますし、血はピューピュー飛びますし、遊女は沢山出てきますし…その辺が許容出来る、懐の深い方であれば見るといいような気がします。いずれにせよ批評する対象として見る作品ではなく、ビール飲みながら見るくらいがちょうどいいレベルでしょう。

***
教科書読んでます…と真面目なドクターに言ったら怒られるかもしれない本を、最近たくさん買いました。仕事の本です。友人にすすめられたもの、自分で面白そうだなと思ったもの、まぜまぜですが。
社会人になって9年目になりますが、新しい発見が沢山ありました。レジデント向けだと思ってなめてはいけません。いや、やっぱりなめてるのかな…今の私にはよく分かりません。
これらの本をもう少し咀嚼したら、英語で出版されている同程度の書籍に触れてみたいと思います。



***
偶然出会った幸田文(こうだあや)の本の中に、面白い言葉を見つけました。



それぞれの心ごころなのだ、自由なのだ。人の注意は聴くのもいいが、人の指図などに従わなくてもいいのだ。当人がいいと云えば話は別になる。どんな中にだって行きたいとなれば行ってしまうものなのだ。人を押しのけ、人も踏み越えてでもということは、いくらでも例がある。そこだよ、自由というのは。―ただ、私のとしよりの好みから云えば、押しのけたり踏み倒したりは好きじゃない。押しのけたあとの始末を、あっぱれと云えるほど上手にやってのけたものは少いからねえ。  p231-2

***
以前読んだ本の中にあった言葉ですが、最近になって再度出会った言葉もここに引用させていただきたいと思います。正岡子規の言葉です。

余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。(細川護煕―ことばを旅する、文春文庫p168 より)

停滞したり後退しているように思える日々だとしても、何かしらの点においては前に進んでいる筈です。その予感を頼りにして生きることも大事なことなのかもしれません。

***
イタリアの黒塗りシンフォニックブラックメタルバンド「Fleshgod Apocalypse」の新譜「LABYRINTH」を聴いています。Gustav Mahlerの交響曲第9番も聴き始めました。Bruno WalterのものとRafael Kubelikのものです。これらの作品の中に何か面白い部分を見つけ、それらが私の身体に影響をあたえるものであれば、そのうち紹介させていただきたいかと。

2013年4月4日木曜日

(映) なんと!「死霊のはらわた」(1981年)がリメイクされていたとは!!

スプラッターホラー映画の名作中の名作、「死霊のはらわた」(Evil Dead)が明日からアメリカで公開されるそうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Evil_Dead_(2013_film)

日本での上映は来月5月3日からのようです…。YouTubeの映像を見る限りでは、オリジナル版よりコメディ要素が減って怖そうです。

多分このブログを読まれている方殆どは興味が無いと思いますが、私的にはビッグニュースなのでした。
劇場で見るのを楽しみにして実験頑張ろ〜。

2012年3月4日日曜日

(映) 今更だけどキル・ビル Vol.1 (Kill Bill: Vol.1) (2003年)

久しぶりに映画ネタを。
といってもこの映画は有名なので内容については今更語っても仕方ないので省略。見てる人はとっくに見ているだろうし、興味ない人は一生見ないでしょう。という映画。
私自身もう何年も見ていないのですが、昨日明け方に子供の緊急手術の麻酔をかけているときに、ふと「Bang Bang」が頭の中に流れてきたので、懐かしくなってサウンドトラックを引っ張り出してきた…それだけです。

Lucy Liuの頭がちょん切られたり、千葉真一の英語が面白かったり、逆にユマ・サーマンの日本語が素敵だったり、映画自体にも楽しめるポイントがいっぱいあるのですが、何といっても音楽が素敵です。

Nancy Sinatraが歌う「Bang Bang」を映画の冒頭に見て聴くだけで、この映画を映画館で見た価値があったと思います。私はどんなに好きな映画でも、同じ映画を2回以上続けて映画館でみることのないような薄ら俄か映画ファンですが、本作は複数回劇場で見たその数少ない映画の1つです。それも冒頭のたった3分弱の曲「Bang Bang」が聴きたいというだけで。

一般的には布袋寅泰の「Battle Without Honor Or Humanity」が有名ですし、CMでもこの曲ばっかり流れていた気がしますが、それはまぁ横に置いといて・・・というくらい、この映画は秀曲が多いのです。

ルーシー・リューとユマ・サーマンが雪の中で決闘するシーンに流れるSanta Esmeraldaの「Don't Let Me Be Misunderstood」(劇中ではヴォーカル抜きだけど)も最高。
Al Hirtの「Green Hornet」も最高。
梶芽衣子の「修羅の花」も最高。
Gheorghe Zamfirの「The Lonely Shepherd」もセンチメンタル。

ということで選曲のセンスが最高なので、映画の内容はどうでも良くなってしまうほど、この映画に対する思い入れが強いのでした。何でこれ程までに、日本人である私の心を揺さぶる曲ばかり一本の映画に詰め込んだんですか、タランティーノさん。

2011年12月31日土曜日

(映) 最近みた7本分

暇を見計らって、気になっていた映画を色々見てみた。

***
「バーレスク」(Burlesque, 2010年)
クリスティーナ・アギレラが歌って踊る映画。ストーリーはこじんまりとしているが、私的には歌って踊っていればそれで結構楽しめた。もう1回見るか、って言われると…大スクリーンでならもう一度見てみたい。

「ブレードランナー」(Blade ruuner, 1982年)
むかしむかし見た映画。確か16歳頃。SF映画の金字塔と言われていたこと、ハリソン・フォードが好きだったこと。そんな理由でみた気がする。途中で寝た。寝ては起き寝ては起き、最後まで何とかみた。覚えていたシーンは雨がよく降る2019年のロサンゼルス、太陽が見えず暗い、ハリソン・フォードが何かの食べ物を4つ頼むシーン。そんな記憶しかない。

だから、レプリカントのロイ(ルトガー・ハウアー)による名台詞なんて全く忘れていた。
I've seen things you people wouldn't believe.
Attack ships on fire off the shoulder of Orion.
I've watched c-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate.
All those ... moments will be lost in time, like tears...in rain.
Time to die… 
(こんなことしてません? から引用させていただきました)
この映画は多分、このシーンを見るためにあるんだろう。
今回は、昔ほどはつまらなく感じなかったけど、やはりそれ程は楽しめなかった。もう20年後くらいに見れば、また違った感想をえるのだろうけど。

「アンチクライスト」(Antichrist, 2009年)
内容がよくわからないのは、私がキリスト教にコミットしていないためだろうか…と思ったのだが、Lars von Trier監督のインタヴュー記事(Rotten Tomatoes掲載)によれば
It's not really a horror film and it's not really religious.
とある。いずれにせよ、劇中に使われる曲「私を泣かせてください(Lascia Ch'io Pianga) - オペラ『リナルド』(ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作曲)」の曲名とメロディが自分の中で一致した。映画の内容は賛否両論のようだけど、痛いの(足に手動ドリルで穴開けたり)嫌いな人は見ないほうがいいと思う。娯楽目的の映画ではないですな。

「第9地区」(District 9, 2009年)
ずっと気になっていたけど、漸くみた。こんな内容だったのか。本当に凄い。凄い映画。自由な想像力で、怖くてふざけていて悲しくて残酷で楽しくてワクワクしてあったまる。そんな映画。この映画も大スクリーンで見たい。

「ノルウェイの森」(2010年)
村上春樹の小説に出てくる曲は、いつも殆ど知らない曲であり、これまで聴いてもあまりピンと来ない曲ばかりであった。
エンディングクレジットには
・The Doors - Indian Summer
・Can - Don't Turn the Light on, Leave Me Alone、Mary, Mary So Contrary
・Can - Bring Me Coffee or Tea、She brings the rain、Deadlock
・Reynaldo Hahn, Paul Verlaine - L'Heure exquise
なんかが挙げられていたけど、1時間10分頃流れるVan Morrison(?)の曲が1番よかった。内容は結構好き。原作を読んだ人、読んでない人いるでしょうが、私は途中まで読んで放り出していた人間。

「神々と男たち」(Des hommes et des dieux, 仏, 2010年)
アルジェリアのカトリック修道士たちの1996年を舞台にした話。過激派の武装集団たちの襲撃が身近に迫ってきたところで、村を捨ててフランスに帰るか、とどまるか、修道士たちが苦悩する。娯楽性は希薄。劇後半のチャイコフスキー「白鳥の湖」の物語と修道士たちの運命を重ね合わせる演出がよい。

「シャッターアイランド」(Shutter Island, 2010年)
マーラーにピアノ四重奏曲イ短調があったのか。後でチェックしよう。肝心の映画の方は…結構序盤でエンディングが予想できてしまった。私で予想がつくのだから、恐らく皆さん予想できちゃったんじゃなかろうか。それでもエンディングを見ると…まぁちょっと複雑な気分ではある。それなりに楽しめた。

***
ということで「第9地区」と「神々と男たち」が面白かったな。

2011年5月19日木曜日

(映) ブラック・スワン / Black Swan (2010年, USA) ☆☆☆☆

公開初日で1億円を突破したらしい。
それを聞いて驚いた。

この映画は観る人を選ぶ作品だと思うのだが。
Natalie Portmanが主演じゃなかったら間違いなくこれほど観客を動員していないだろう。
集客力のある女優とは素晴らしいものだ。
彼女は4歳の頃からダンスをしていたらしいが、この作品に向けて1年近くバレエのトレーニングをし、9kgも減量したという。彼女の演技は確かに感動する。white swanを踊るには完璧なバレエダンサーであるが、black swanを踊るには純粋で臆病な(劇中のトマス曰く-男が寝たいと思えるような演技ができない)ニナの脆弱な心身を見事に演じている。

私はたまたま「白鳥の湖」が聴きたくなったから、この映画を見たのだが、暗い。とにかく気味悪い。気持ち悪い(これは私的には褒め言葉である。恐らく表現者たちが表現したい世界を見事に描いている)。
暗いが、美しい。派手じゃなく、冷たく暗い美しさ。
バレリーナのニナは、母親やリリー、ベスらに投影される自分の醜悪な部分と戦う。
黒い白鳥を演ずるために。
ニナの葛藤を映し出すかのような冷たく暗い映像。
静かに進む物語の最後に得られるカタルシス。

今すぐもう1回みたい!という作品ではないが、見てよかったという作品。
誰にでもお勧めできる作品ではないが。

2011年5月3日火曜日

(映) ナイン / NINE (2009年) ☆☆☆、どうとでも書ける筈なのだが


家の郵便受けには、よくチラシが入ってくる。
中でも1番多いのが、「粗大ゴミ、片付けます」という内容のものだ。
いつもろくに目を通さずに捨ててしまうのだが、今日、ふと見てみるとこう書いてあった。

正社員だから清潔で明るくサービスも最高です!!

派遣社員の人やアルバイトで生計を立てている人たちの存在を、マンモスの足で踏み潰すかのような文言である。
このような文章を、お金をかけて大量にチラシとして印刷し、不特定多数の人に配る人の神経が、私には簡単に理解できない。何よりも、ここで働く”正社員”を不幸にする言葉である。このような文章が会社の売り上げの何%かを消費して作られる広告に載せられることを、私ならば到底容認できない(何だか昨日と同じようなことを書いている)。
この文章を書いた人と採用した人がどのような思想・信念の持ち主かについては関心はないが、上の文字だけから判断するに、この会社は
「アルバイト社員は不潔で暗くサービスも最悪です」と言外に示している可能性があるということは、小学生でもいいそうなことである。

と、私が書くこの文章も、人知れず誰かを不幸にしているに違いない。

***
いきなり話がそれてしまったが、久しぶりの映画ネタ。
DVDのパッケージを目にするたびに、あのサングラス男をずっとニコラスケイジだと思っていた。
実はダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-Lewis)だったのね。いつの間にか54歳。彼を見るのはさっぱり楽しめなかった「There will be blood」以来だが、今回はこれまでの彼の演じてきたキャラクターに比べ、随分と軟派な役で登場である(どうしても「父の祈りを」や「ラストオブモヒカン」の頃の記憶が残ってしまう)。もしこの役をニコラス・ケイジが演じていたら、非常に軽い仕上がりになっていただろう。
あらすじはwikipediaを見ればよいとして、本作は豪華絢爛、妖艶(を狙っているのかもしれないが、何故だかエロティックに感じられない。女性たちの肌の露出は極めて多いのだが)、要所要所を歌で締めていくミュージカル。
浮気性の夫役ダニエル・デイ=ルイスと妻役マリオン・コティヤールが、夫の浮気が原因で劇中に徐々に険悪になっていくのはよいが、「そうなる前のラブラブだった頃の蜜月期」があまり描写されていないため、ダニエルに感情移入がしにくい。「仕事ばっかりしてる」というのも妻の心が離れていく主因のようだが、映画を見る限りではそこまで「仕事にのめりこんでいる」という様子も伺えない。ダニエルが演じる主演の監督の幼少期の頃の映像を白黒で劇中にはさむのはよいのだけれど、それが効果的に使用されているようにも思えない(わざとわかりにくくしているのが目的であれば成功しているのだろうが)。
 と、ストーリーの方に気が向いてしまうのは、何より音楽にのめりこめなかったせいだろう。「Be Italian」以外は、「今の」私の心に入ってくるものがなく、消化不良。かつて大ヒット映画を量産したが、創造の枯渇に陥った映画監督の苦悩、という題材にしては、アカデミー賞クラスの豪華女優陣も、非常に勿体無い使われ方のようで、彼/彼女らのギャラばかりが嵩んでしまったのではないかと同情してしまう。
この映画の元ネタといわれ、一般的に名作と言われている「8 1/2」を見ればまた違った見方でこの映画に向き合えたのかもしれないが、鑑賞後の爽快感もなければ、心に染み入るいい話でもない。映画の主演と同様に、本作品の監督も、想像の枯渇に陥っているのだろうか。(こんな結論、誰でも言いそうだ。私の文字から想像される、「私自身の想像力」も大分枯渇しているのだろう)。

2011年3月3日木曜日

(映) 告白 (2010年) ☆☆☆☆

38,5億円の興行収入をあげた大ヒット作なので今更説明は不要か。
遅まきながらDVDで観る。
原作は未読のため、比較は不可能だが、映画は最初から最後まで一気に見せる面白い作品だった。

大義はどうであれ、結局のところ、皆が他人からの承認を得るために殺人、復讐、いじめを繰り返している。この映画の登場人物の様々な感情の流れをみていると、その「承認欲求」が何よりも強い。嫌悪、嫉妬、殺意はそれら自体強い感情だが、他人から認められることに比べたら大したことはないのである。人間が、孤独をどれだけ忌むものとして扱っているかわかる。

学校の教室がいかに密室空間で、外からの介入を拒む性質のものであるかをリアルに思い出すことができた。その場を支配するのは正義とか道徳とかではなく、「いかに仲間外れにならないか。または、いじめられっこにならないか」というご都合主義である。そのためには、凡庸な生徒であれば、たとえ間違ったことだと初めは思っていても、被害者にならないために、加害者に与する方を選択する。

当然である。

いじめられて意に介さないのは、そのような加害者同士の脆弱な人間関係(いじめる対象が共通である、というだけのつながり)とは、次元の異なった場所での価値観にしか重きを置かないような、第三者から観察すればタフなキャラクターの人間のみである。たいていの人間は「友達は少なくたっていいじゃん」とか「いなくたっていいじゃん」と息巻いても、全く社会と隔絶することには恐らく耐えられないのである。その耐えられない孤独を避けるためのルールが、この教室においては、「殺人者を苛め抜くこと」なのである。それは私の生活から考えれば異常な状態であるが、だからといってそれを手放しにイカれている、と断罪することもできない気がするのである。まして自分がこの教室の生徒の一人であれば、である。自分が構成員の一人であれば、その生存・安全を保ちつついじめをなくすなど極めて困難である。

2011年1月2日日曜日

(映) インセプション Inception (2010) ☆☆☆☆☆

いやぁ参った。

解熱したのが嬉しくて、未完成のまま年越しした論文の手直しをカリカリカリカリ。あーでもない、こーでもない。ある程度決着がついたので、軽い気持ちで見てみました。
Christopher Nolan監督ってどこかで聞いた名前だと思ったら「メメント」も「インソムニア」も「バッドマン ビギンズ」も「ダークナイト」も彼が監督していたのですね。

私がここで今更紹介するまでもないですが、もし私が誰かに

「これから2時間半、暇でさぁ、そこそこ頭は使うけど、受身でもよい娯楽、何かないかなぁ?」

と聞かれたら迷わず本作を薦めます。
何の予備知識もなく本作を楽しむのならば、是非、素面(しらふ)で見ましょう。酔っ払っていると恐らく話についていけません。(あくまで私が酔っ払っていたら、の場合ですが)

よほどいい音楽が流れていない限り、お家でDVDをみる場合にはエンディングのスタッフロールは途中で止めてしまいます。本作でそれをしなかったのは、劇中の音楽がとても気になっていたからです。女性ボーカルで演歌か?(渡辺謙も出てるし、日本も出てくるし)と思ったのですが・・・正体はEdith Piafでした。「Hymne À L'Amour」くらいしか彼女の曲とタイトルが一致するものは知りませんでしたが、この「Non, je ne regrette nein」も覚えるリストに入りそうです。正月からエディット・ピアフに出会えるとは、インセプションの思わぬ福音でした。

2011年1月1日土曜日

(映) 4本

文字を読むと眩暈、頭痛がするので何もできません。
といいつつ、溜めていた映画をここぞとばかりに消化します。

・イエスマン “YES”は人生のパスワード Yes Man (2008) ☆☆☆☆
コメディ映画という枠に当てはめるのが勿体無い位深い映画でした。Jim Carreyは年を重ねるごとに深みのある演技をしています。映画イントロに流れるJouneyの「Separate Ways」の使い方は本当に見事。

・ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption (1994) ☆☆☆☆
今見ると「19年間も希望を持ち続けて一事に集中する」ことがどれ程困難なことか。

・ハートロッカー The Hurt Locker (2008) ☆☆
イラクで不発弾を処理する男たちの話です。私には現実感がなさ過ぎて、この作品の正しい評価ができませんが、戦場を淡々と描写するような撮り方にリアリティがあるのだと想像します。

・サバイバル・オブ・ザ・デッド Survival of the Dead (2009) ☆☆
満を持して見た George A. Romero監督の最新ゾンビ映画。もう・・・なんというか・・・。ショッピングモールで戦うピーターが妙に恋しくなりました。

2010年12月31日金曜日

(映) 独裁者 The Great Dictator (1940) ☆☆☆☆

Charlie Chaplin初のトーキー映画。ヒトラーのナチズムをパロディにした危険なコメディ映画です。

数年前に買ったDVDですが、漸く見ることに成功しました。
大戦後に公開されたものだとばかり思い込んでましたが、しっかり戦時中に公開されています。(そしてヒトラーもこの映画を見たことがあるようです。ちなみにチャップリンとヒトラーは誕生日がたった4日しか違わないらしい。同い年だったのですね)

白黒映画ですが、「映画というものが好きでよかった」と思える映画愛に溢れた作品です。今年は映画を数本しか見ませんでしたが、最後の締めがこの作品でよかった。


***
今年も多くの患者さんと、同僚と、先輩方々と後輩方々と、手術部の看護師の方々、外科医の先生方には大変お世話になりました。電車内で居眠り中の私の鞄や財布を盗まなかった人、私の乗った電車・飛行機・バスを安全に運転してくださった方々、またはそれらに追突してこなかった方々、私の食べ物に致死性の毒物を入れなかった人、庶民レベルでの「日本円」の価値をそれ程変化させなかったことに尽力してくださった人、電気・ガス・水道のライフラインの維持に関わった全ての人、その他挙げればキリがありませんが、本当に1年間ありがとうございました。

2010年12月30日木曜日

(映) グラン・トリノ Gran Torino (2008) ☆☆☆☆

久しぶりに映画を見ました。
友人が薦められてくれていたにも拘らず、しばらく放置してしまいました。

愛妻に先立たれ、息子たちともきちんとコミュニケーションをとれない、朝鮮戦争帰りの人種差別主義者で頑固者の老人の物語です。
「超・字幕」で英語と日本語の字幕を同時に追っていたため物語に没入できていたかは不明ですが、非常に有意義な時間になりました。


1番印象的な場面は、主演のクリント・イーストウッドが息子に電話するところ。
話したいことがあるのに、本題に入れずうじうじしている。

そのうちに
「...so if you there's not something pressing...」
と仕事が忙しい息子に(特に急ぎの用がないならあとにしてくれよと)言われ
「No. No, not at all」
と、自分の容態が思わしくないことすら、息子に上手く打ち明けられない。
血痰を吐くほど具合が悪いのに、です。

クリント・イーストウッド自身が歌うエンディング曲がはまりすぎているのはよいのですが、劇中、悪いやつらの登場シーンはなぜかヒップホップが流れてくる。このように使われるヒップホップという音楽に同情してしまいました。(まぁメタルも似たような扱われ方をしますが)

2010年11月10日水曜日

(映) エイリアン(1979年)☆☆☆☆

何度目か忘れましたが、久しぶりに見ました。
H・R・ギーガーの本を書店で見かけたので、懐かしくなったのです。
公開当時に大スクリーンで「腹壁を破って産声を上げるエイリアン」を目撃した人はさぞや驚愕なさったことでしょう。私もリアルタイムで経験したかったようなそうでないような。
その理論でいくと、現在においても「1-2世代後の人たちから、リアルタイムで経験したことを羨ましがられるような事柄」があるのかもしれません。

2010年9月11日土曜日

食堂かたつむり☆☆☆

2010年、119分。
主演の柴咲コウが殆ど喋らないこの映画は、見る人を選ぶ作品だろう。全体を支配するゆる~い不条理感と明るさ、若干説明不足なままに進んでいくストーリー。ファンタジーと思って見ていると脈絡のない展開に怒ることもないであろうし、そもそもそんな一般常識的な論理展開を、このような映画に当てはめようとすること自体間違っていそうである。倉橋ヨエコの歌を思い出すような、ほんわかとした気分になれる映画。

2010年8月22日日曜日

クライモリ デッド・リターン(WRONG TURN 3: LEFT FOR DEAD) ☆

ジャンル分けするならば、本作はホラー映画ではなく、人体を損壊するスプラッタ映画(出演当事者たちにとってはこれ以上ない位のホラブルな状態だろうけれど)。上映開始7分間のスプラッタ映像に耐え得る心臓をお持ちの方であれば、あとの85分間も問題なく視聴可能であろう。
もう1回見ようとは思わないという点において、加えて1作目(2003年)、2作目(2007年)との比較という点において☆1つ。このご時勢にこういう作品を真摯に作製したであろうスタッフには敬意を払いたいと思うが…。

民主党代表選の方がよほどhorribleなことになりそう、、、と思うのは私だけか。

2010年8月7日土曜日

少年メリケンサック☆☆☆☆

パンクはよく分からない。2705曲(今日現在)入っているiPodにも、それにカテゴライズされるバンドの曲が1曲もない。だが音楽を題材にする映画には興味があったのであった。というより宮崎あおいが出演しているから見た、と言った方が正しい。
肝心の映画の中身だが、徹頭徹尾くだらなかった(この映画にはこの表現が一番の褒め言葉だと思う)。くだらなさに拘っているところに愛情が感じられる映画。パンクが好きじゃなくても、パンクがなんだか分らなくても楽しめる。ナンセンスなギャグの連発。大して期待していなかった分、非常に楽しめた。
と思ったのだが、ネット上の評価は賛否両論のようだ。曰く「下品、脚本が酷い、俳優がもったいない、ギャグが滑ってばかり、これで2時間は辛い」等々。同じものを見ているにも関わらず、感じ方が人それぞれなのを拝見するのは非常に興味深い。
しかし否定派の人たちも125分の上映時間をしっかり見ているところがすごい。中には映画館に足を運び、その上でDVDも見ている人もいるのだ。その労力に感動すら覚える。そこまでして、この映画のここがダメ、あそこがダメ、だから評価は☆1つ、むしろ☆1つもあげたくない、と主張しているのだ。牛糞やゲロがこの映画の下品さの根拠だとして、私がそれらに耐えられないとしたら、私ならば2回も見ないし、ましてや最後まで見ないであろう。
そうまでして否定する、否定論者の意図が私にはよく分からない。宮藤官九郎監督のファンだったり出演者の佐藤浩市や木村祐一のファンだったりする人々が、彼らへの愛が作品の凡庸さに裏切られ半ばストーカー的な恨みにより行った否定なのだろうか。それならば解し易いが、2回以上見て☆ゼロの評価は本当に☆ゼロなんだろう。そのような人たちに私は安易な批判をしない。彼らは真剣なんだろうから。

映画本編も有意義な時間だったが、真偽は不明ながらも映画に対する他人の意見に触れたことは非常にためになった。