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2013年11月20日水曜日

(旅) 秋の小トリップ其の六 (東京都八王子市) 〜 マーラーの第9番と高尾山の紅葉とICUブックと

いつの間にか11月も3分の2が終了です。クリスマスらしい雰囲気を、街のあちこちで感じられるようになってきました。


既に相当昔のことのように感じられますが、アレクサンドル・ラザレフ指揮、日本フィルハーモニー交響楽団による以下の楽曲の演奏を体験しました。

・チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲(Vc:横坂源)
・マーラー:交響曲第9番ニ長調

金聖響氏、玉木正之氏による「マーラーの交響曲」(講談社現代新書)でこのような文字に出会えば、期待が高まらないはずがありません。


「これは永遠という別の世界からやって来た作品」といったのは、指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンで、音楽教育者や音楽解説者としても有名なバーンスタインとは対照的に、あまり言葉を駆使しない彼も、この作品だけは珍しく凝った表現で評価しています。p280

あの、最終楽章の、最期の「音」。途切れ途切れになって、死に絶えるような消え方、そして消えたように感じられた後も60秒近くタクトを持った手を下ろさなかったラザレフ氏。

その音を体験した後、暫くの間、歩くことがようやく可能な程度に、放心状態になりました。

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ということで、香川県の大窪寺、小豆島の寒霞渓についで、高尾山の紅葉を狩りに行く機会に恵まれましたので、記録しておきます。


新宿から京王新線に乗って「高尾山口」まで50分程度…で高尾山の麓に到達できました。もっと遠いと思っていたのですが、あっという間です。ここ最近、麻酔の仕事でお世話になっているどの病院よりも近くに、高尾山はありました。
それだけ近くにある山ですから、当然のように沢山のひとひとひとです。ケーブルカーに乗れば、山頂の手前40分ほど(徒歩でおよそかかる時間です)の場所まで6分で連れて行っていただけるのですが、ケーブルカー乗車まで60分以上待ちます、と言われては、待っていられません。自分の2本の足で歩いて登った方が早かったのです。

以下、撮影した順番に並べておいておくことにします。









これは山頂から、西の方角の山々を撮影したものです。正午くらいだと大気が霞んで、しかも逆光になってしまい、遠くの方まで見えませんでした。条件が良いと富士山がくっきり見えるらいいのですが。


これはリンドウ…でいいと思うのですが。もし間違っていたら教えて下さい。




これは北原白秋の歌碑です。

我が精進 こもる高尾は 夏雲の 下谷(したたに)うずみ 波となづさふ

と詠んだものです。



下山したのは14時ころでしたが、その後もあちこち歩き続けていたら、この日の歩数は珍しく20000歩を超えました。

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 そういえば注文していたICUブック第4版が先日届きました。私は第2版からICUブックを読み始めましたが、今回はじめて原著を購入しました。iPhoneやiPadで読めるe-Bookつきバージョンです。10000円くらいで買えますし、英語は平易ですので、翻訳を待っている時間があれば原著で買うことをおすすめいたします。


p217からp237まで、crystalloidかcolloidか、という章があります。
p234では、このようにまとめられています。簡単に日本語に意訳しますと

1.  normal saline (0.9% NaCl)はノーマルではなく、代謝性アシドーシスの原因になる。
2. 等張の晶質液は血漿容量より間質容量を増加させるし、大量投与によって厄介な浮腫が引き起こる。
3. 血漿容量を増加させるという点では、膠質液は晶質液より優れている。
4. 生命の危機的状況にある患者(severe sepsisやseptic shock状態など)では、高張膠質液(ハイドロキシエチルスターチ)の使用により腎傷害の危険性が高まる。ただし、腎傷害は、より軽傷な患者(術後の患者など)では通常見られない。
5. 「膠質液か晶質液か」論争は不毛である、なぜなら、単剤でどんな循環血液量減少患者も蘇生できるような魔法のような輸液製剤はない。

無難といえば無難なまとめですが、手術室で麻酔を担当する麻酔科医としては、誰にでも通用する術中輸液のレシピなんかない、ということだけ思い出せればいい気がします。
個人的には○○ml/kg/hという輸液法はとうの昔にやめてますし、ヘスなどの膠質液にも以前ほど有用性を見いだせなくなっています。
それは今そんな気分だから、と言ってしまえばそれで終わりなのですが、「この状態ならこれ!」みたいなことを、おいそれと口にできなくなるくらいに麻酔科医として成長したのではないか、と思い込むことにしています。成長の伸びしろはまだまだあるでしょうし、麻酔科医を辞めるその瞬間まで、毎日毎日なにか新しいことを学ぶでしょう。この第4版は、そんなことに改めて思いを馳せることを可能にしてくれた1冊でした。

2013年11月13日水曜日

(雑) All it needs is courage.. imagination...and a little dough.

チャールズ・チャップリンの映画「ライムライト」(1952年)での名言として有名です。先日、友人との会話の中でふと出てきたことを思い出したので書いてみました。

勇気、想像力、少しのお金。

わたしは「愛と勇気とサムマネー」と記憶していたのですが、違いましたね。

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上野駅から歩いていける場所にある東京都美術館で10月8日から開催しているターナー展に、先日、行ってきました。ご近所の国立西洋美術館ではミケランジェロ展も開催されていますし、東京藝術大学大学美術館では「国宝興福寺仏頭展」も開催されています。上野公園界隈は、何とも懐の深い場所です。

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ミケランジェロ展には、ターナー展よりも前にお邪魔したのですが、彼が描いたシスティーナ礼拝堂の天井画(1508-1512年)と、祭壇の壁画(1536-41年)の制作年代は、全く異なるということを知りました。


ミケランジェロ展の帰りに購入したこの本「ミケランジェロ - 木下長宏著、中公新書」の中でこのような文章に出会います。

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 だから、われわれは、ミケランジェロの作品の前に佇(た)って、まず、その問いに耳を傾けなければいけない。前もって答を用意して作品に向かうほどつまらないことはない。そうして、作品の前に佇ち、彫刻の場合はとくにその作品の周りを廻ってみることが不可欠だから、作品と向かい合い作品を巡って観ながら、その問いかけるものに耳を傾けるとき(美術作品を観ながら耳を傾けるのである)、突然目くるめくような、言葉にならない感動に包み込まれる―そんな瞬間が訪れる。
 そのとき、作品が問いを発しているのか、それを観ている自分が問いかけているのか、どっちがどうなのか、一瞬はっきりしないような感動に包まれている。
 おそらく、その作品を制作している作者本人も、その制作途上の作品(未生の作品、まだ形になりかけの物体)が問いを投げかけているのか、その石を削っている自分が問いを石へ投げ出しているのか、区別がつかない経験をしているにちがいない。 p.119

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別の時に、ガンディーの「獄中からの手紙」(森本達雄訳、岩波文庫)にある文章に再会しました。



奉仕の生活は謙虚な生活になるはずです。他人のために自らの生命を犠牲にささげようとする人には、自分のために陽当りのよい場所を確保する暇(いとま)などほとんどありません。ヒンドゥー教にまま見られてきたように、無為無気力を謙虚さと思い違いをしてはなりません。[そのような思い違いがあったればこそ、無気力や偽善がしばしば、謙虚さの名のもとにはびこってきたのです。]真に謙虚であるということは、全身全霊を人間性(ヒューマニティー)への奉仕に向けた、不断の精進努力を意味します。神はひとときも休むことなく、たえず働きつづけています。 p82-3

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いろいろな人たちから、いろいろな言葉を受け取ります。

その言葉ひとつひとつは、皆さんそれぞれが、それぞれの、そのときどきの本気で伝えてくださっているものだと思います。

どんな言葉でも、それぞれの方々の、それぞれの想像力と経験から出た言葉。

私には、自分以外の人たちが、どれくらいの想像力と経験をもって言葉を発しているか分かりません。だから、どの言葉を自分の行動に取り込んだら良いのか、については毎日試行錯誤の繰り返しです。

発せられた時に取り込めないと思えるような、その時の自分の状態から程遠いような場所を思わせるような言葉だとしても、一度は自分の中の隅っこの方に置いておきたいと思います。取り込めないと思って排除してしまうと、将来、あれはそういうことだったのか、と思い出して取り込みなおすチャンスが永遠に訪れません。それはとても勿体無いことです。

2013年11月5日火曜日

(旅) 秋の小トリップ其の五の3 (香川県の小豆島と高松市)

Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
Plenty of room at the Hotel California
Any time of year (Any time of year)
You can find it here

というEaglesの「Hotel California」の歌詞が、宿泊している最中ではなく、チェックアウトして暫く経ってから、止めどなく私の頭の中でリフレインするような、そんな小豆島でのホテルでの一夜の後、前夜25時ころまで降っていた筈の雨が全く降っておらず、それどころか、一夜、雨風凌ぎのためにお借りした部屋の窓から、朝、目が覚めた時に、燦々と太陽の光が降り注いでいることを発見したので、太陽に少しでも近いところに行ってみよう…と思って、朝の9時過ぎに寒霞渓(かんかけい)に向かいました。

「かんかけい」という場所があること自体、今回、小豆島に上陸する直前くらいに知ったのですが、日本三大渓谷の1つ、ということもあり、観光客よろしく行って参りました。


山頂には車でも簡単に行けたのですが、ロープウェイからしか見られない景色もあろう…と思ってロープウェイで山頂に向かいました。


ここでも紅葉していたではありませんか。




逆光だったので、自分の目で見た景色を、私の撮影技術ではまだあまり再現できないのですが、そんなこともあったなぁ、という未来の自分への期待の意味も込めて、ここに置いておきます。


木漏れ日が…。


そして、足元に目をやると、もみじの絨毯です。


これはロープウェイから撮影した1枚。

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下の2枚は確か、1度山頂からロープウェイで下山した後に、再度、レンタカーで寒霞渓の上に登る最中に立ち寄った、四望頂展望台から見えた景色です。この時もまだ逆光でした。






上の1枚は、寒霞渓の山頂にあるロープウェイ駅のあたりを撮影したものです。確かに奇勝です。


小豆島ですから、オリーブにも沢山出会いました。


これはヤノベケンジ氏の作品です。坂手港のフェリー乗り場の近くに展示されていたので見ることが出来ました。

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小豆島へ来るときのフェリーでは雨が降っていたので、空の下に出ることができませんでしたが、復路のフェリーでは、信じられないくらいに快晴でした。


逆光で、風も強くて、それでも高松港へ向かっている、そのフェリーの最上階で、今の自分が忘れてもいいようにと、カメラで写真を適当に撮っている時に、ヘッドフォンから久しぶりにこの曲が流れてきました。iPod classicには、本当にたくさんの曲が入るので、今入れている10000曲ちょっとの全曲をシャッフル再生にしていると、なかなか帰ってきてくれない曲があるのでした。

スウェーデンのバンド、Pain of Salvationの「1979」という曲です。リンク切れになってしまうかもしれませんが貼っておきます。因みにこの曲はアルバム「Road Salt Two」に収録されています。




この曲のイントロで奏でられているピアノの音ほどには、この時の自分はメランコリックな気分ではなかったのですが、この曲の良さを改めてフェリーの上で感じることが出来ました。今後、「1979」を聴くたびに、小豆島や、フェリーで感じた風を、思い出してしまいそうです。


ひとり旅なんだから、もう少しくらいゆっくりしてもよかったような気がしますが、貧乏性なので、自分が知らないことや体験していないことを1つでも多く吸収しないと気がすまないようです。

今日の朝、大学のカンファランスで勉強したNEJMの論文もそうです。NEJMの10月31日号にある大御所 JL Vincent氏による「Circulatory Shock」のreview articleも、これから読んで勉強しようと思います。

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沢山の人に支えられて、そして支えられていることを改めてしっかりと噛みしめる僥倖に恵まれて、人生3回目の四国旅行を終えることが出来ました。みなさんに感謝しつつ、この旅の記録は、取り敢えず終了。後はまだ書けていないこれまでの旅行記の続きを書いたりしていきますので、お暇がある方はお付き合いください。
これからもよろしくお願い致します。

2013年11月3日日曜日

(旅) 秋の小トリップ其の五の2 (徳島県鳴門市と香川県さぬき市と土庄郡土庄町)

うたた寝の時も手に持つ遍路杖


という歌碑を発見しました。

思いがけず、四国お遍路巡り第一番の霊山寺(りょうぜんじ)からこの日はスタートしました。今回の旅はマンドリンのオーケストラを聴くことと、小豆島に行くこと以外は全く無計画でした。

ですが、徳島にお邪魔したからには

「まずは徳島 霊山寺 阿波踊りなんかしている暇ない」

と、「ももクロのニッポン万歳!」の歌詞(百田夏菜子のソロパート)にあります通り、朝九時前に霊山寺に伺いました。


私が着いた頃、霊山寺前の休憩所には紫色のももクロパーカを羽織った女性が1人いらっしゃって、朝も早くから珈琲を飲んでおりました。霊山寺の境内を散策している最中、その他にも何人か、前夜、ももクロのライブに参加したであろう男女を見ました。何故それが分かったかと申しますと、皆さん、赤や黄色や緑のパーカを羽織っていらっしゃったからです。因みに、私はそのパーカを持っていない上に、前夜のライブチケットに落選してしまったので、普通の出で立ちでありました。白い装束のお遍路の集団と、ももクロのファン(もののふ)と、それ以外の普通の観光集団と。大きく分けて3つのカテゴリーに分けられる人たちが霊山寺にはいらっしゃった気がします。

空海の懐の深さを、全く勝手ながら感じた参拝でした。



霊山寺には池がありまして、立派な鯉にも沢山出会いました。

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霊山寺(りょうぜんじ)から車で数分のところに道の駅があるのですが、徳島県鳴門市はベートーヴェンの第九が日本で初演されたところらしいです。何年か前の臨床麻酔学会で徳島にお邪魔した時も鳴門市を訪れたのですが、今回はじめて知りました。やっぱり、1回来ただけで「その街/町にはもう行ったよ〜」なんて言ってはいけませんね。行けば行くほど、どんなことでも新しく知る可能性があります。自分が住んでいて、毎日帰る街ですらそうですからね。

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霊山寺を満喫した後、どうしようかな…とぼんやり思っていたところ、
「お遍路参りの一番がここにあるなら、八十八番も近くにあるんじゃないか?」
と思いついて、地図をパラパラめくっていたところ…ありました。
大窪寺(おおくぼじ)です。
しかも、次なる目的地である小豆島がある香川県でした。その上、小豆島に渡るフェリーがある高松港へ向かう途中といえるような場所でした。これは行くしかありません。

ということで、何に導かれているのか分かりませんが、ナビに「おおくぼじ」と入力して、ナビのおっしゃるままに車を運転すること1時間ほど。


大窪寺(医王山遍照光院:いおうざんへんじょうこういん)は717−724年頃、行基が開基したお寺ということですが、少しばかり標高が高いところにあります。其の為、思いがけず紅葉に出会うことができました。


大窪寺の目の前に、何故かとても賑わっている茶屋(八十八庵:やそばあん)があり、看板メニューの「打ち込みうどん ¥800」を頂きました。食べきれないかと思われるくらいの結構な量でしたが、食べ物を残すとバチが当たると教わって生きてきたような気がしますし、周囲の熱気に援護射撃をいただきながら完食しました。


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ということで思いがけず紅葉も満喫したところで、小豆島へレンタカーで渡りました。
当初、島でレンタカーを新たに借りるか、島ではバスなどを利用するかにしようと思っていたのですが、幸運にも旅に出る数日前に「小豆島で宿泊すれば復路の料金無料!」という情報をウェブで見つけたので、車ごと、島にお世話になることにしたのでした。車でフェリーに乗るのは人生で2回目なので緊張です。



フェリーに乗る頃には雨が降り出し、外の景色もよく見えません。水墨画のようです。



そんな感じで小豆島の坂手港(さかてこう)に到着。やまやまがもやもやしていていい雰囲気ではあったのですが、雨降りは雨降り。

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雨が降ってはいたものの、ホテルにチェックインしてごろ寝や温泉…にはちょっと早すぎる時間だったので、ちょうど「エンジェルロード」が干潮のために歩ける時間帯だったので、車を30分ほど走らせて、日没前に、土庄町(とのしょうまち)に行ってみました。
これを逃すと次の干潮は翌朝の5時ころ…と言われれば行くしかありません。


この写真の左手に見える島までの、手前の砂の道が「エンジェルロード」らしいです。潮が引いている時にだけできる道らしいです。この写真では人っ子一人見えませんが、実際は小雨降る中沢山の人が歩いていました。写真を適当に撮りまくってホテルに戻ります。帰り道は真っ暗で、道路に面したお店も殆ど閉まっています。島ですし、観光地ですし当たり前なんでしょう。東京が異常なんです。


ちょうど今日まで瀬戸内海の島々で芸術祭の期間中でした。といっても小豆島に夕方入ったため、小豆島に展示されていた芸術祭の作品は殆ど見られずじまいでした。


ということで、道すがら立ち寄った本屋で偶然、いや全くの偶然ではないのですが、出会ったヘミングウェイやボードレールをぱらぱらと捲っているうちにどんどん夜が更けていきました。本を捲っている時、旅先に持ってきたiPod classicの中に小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ演奏によるベートーヴェンの第九が入っていることを思い出したので久しぶりに聴いてみました。


ボードレールの詩集「巴里の憂鬱」(新潮文庫版、三好達治訳)の中に

「酔え」

という詩が収められています。131頁です。たった1頁しかない詩なので、もし機会があれば読んでいただくといいかもしれませんが、その冒頭にこうあります。

常に酔っていなければならない。それこそは一切、それこそ唯一の問題である。

いや、そんなバカな、と思う方が、もしいらっしゃいましたら、続きを是非、お読みください。本書に収められている50篇の詩は、今の私には難解なものが多かったのですが、これはわりとすんなり楽しめました。ということでこの旅はもう少しだけ続きます。
(以上11月4日記す)