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2015年1月28日水曜日

(雑) 坂村真民の詩に学ぶ

気がついたら、1月もあっという間に終わりそうです。

***
手元に「詩集 念ずれば花ひらく」(サンマーク出版、1998年)があります。

素晴らしい作品の数々が収められていますが、私は「こちらから」という作品が好きです。p42-43より引用させていただきます。

***
こちらからあたまをさげる
こちらからあいさつをする
こちらから手を合わせる
こちらから詫びる
こちらから声をかける
すべてこちらからすれば
争いもなく
なごやかにゆく
こちらからおーいと呼べば
あちらからもおーいとこたえ
あかん坊が泣けばお母さんがとんでくる
すべて自然も人間も
そうできているのだ
仏さまへも
こちらから近づいてゆこう
どんなにか喜ばれることだろう
***

自分の中に住む不安や怖れを1つでも駆逐して、自分が為すべきことに没頭できますように。

今年もよろしくお願いいたします。


 

2013年11月3日日曜日

(旅) 秋の小トリップ其の五の2 (徳島県鳴門市と香川県さぬき市と土庄郡土庄町)

うたた寝の時も手に持つ遍路杖


という歌碑を発見しました。

思いがけず、四国お遍路巡り第一番の霊山寺(りょうぜんじ)からこの日はスタートしました。今回の旅はマンドリンのオーケストラを聴くことと、小豆島に行くこと以外は全く無計画でした。

ですが、徳島にお邪魔したからには

「まずは徳島 霊山寺 阿波踊りなんかしている暇ない」

と、「ももクロのニッポン万歳!」の歌詞(百田夏菜子のソロパート)にあります通り、朝九時前に霊山寺に伺いました。


私が着いた頃、霊山寺前の休憩所には紫色のももクロパーカを羽織った女性が1人いらっしゃって、朝も早くから珈琲を飲んでおりました。霊山寺の境内を散策している最中、その他にも何人か、前夜、ももクロのライブに参加したであろう男女を見ました。何故それが分かったかと申しますと、皆さん、赤や黄色や緑のパーカを羽織っていらっしゃったからです。因みに、私はそのパーカを持っていない上に、前夜のライブチケットに落選してしまったので、普通の出で立ちでありました。白い装束のお遍路の集団と、ももクロのファン(もののふ)と、それ以外の普通の観光集団と。大きく分けて3つのカテゴリーに分けられる人たちが霊山寺にはいらっしゃった気がします。

空海の懐の深さを、全く勝手ながら感じた参拝でした。



霊山寺には池がありまして、立派な鯉にも沢山出会いました。

***


霊山寺(りょうぜんじ)から車で数分のところに道の駅があるのですが、徳島県鳴門市はベートーヴェンの第九が日本で初演されたところらしいです。何年か前の臨床麻酔学会で徳島にお邪魔した時も鳴門市を訪れたのですが、今回はじめて知りました。やっぱり、1回来ただけで「その街/町にはもう行ったよ〜」なんて言ってはいけませんね。行けば行くほど、どんなことでも新しく知る可能性があります。自分が住んでいて、毎日帰る街ですらそうですからね。

***
霊山寺を満喫した後、どうしようかな…とぼんやり思っていたところ、
「お遍路参りの一番がここにあるなら、八十八番も近くにあるんじゃないか?」
と思いついて、地図をパラパラめくっていたところ…ありました。
大窪寺(おおくぼじ)です。
しかも、次なる目的地である小豆島がある香川県でした。その上、小豆島に渡るフェリーがある高松港へ向かう途中といえるような場所でした。これは行くしかありません。

ということで、何に導かれているのか分かりませんが、ナビに「おおくぼじ」と入力して、ナビのおっしゃるままに車を運転すること1時間ほど。


大窪寺(医王山遍照光院:いおうざんへんじょうこういん)は717−724年頃、行基が開基したお寺ということですが、少しばかり標高が高いところにあります。其の為、思いがけず紅葉に出会うことができました。


大窪寺の目の前に、何故かとても賑わっている茶屋(八十八庵:やそばあん)があり、看板メニューの「打ち込みうどん ¥800」を頂きました。食べきれないかと思われるくらいの結構な量でしたが、食べ物を残すとバチが当たると教わって生きてきたような気がしますし、周囲の熱気に援護射撃をいただきながら完食しました。


***
ということで思いがけず紅葉も満喫したところで、小豆島へレンタカーで渡りました。
当初、島でレンタカーを新たに借りるか、島ではバスなどを利用するかにしようと思っていたのですが、幸運にも旅に出る数日前に「小豆島で宿泊すれば復路の料金無料!」という情報をウェブで見つけたので、車ごと、島にお世話になることにしたのでした。車でフェリーに乗るのは人生で2回目なので緊張です。



フェリーに乗る頃には雨が降り出し、外の景色もよく見えません。水墨画のようです。



そんな感じで小豆島の坂手港(さかてこう)に到着。やまやまがもやもやしていていい雰囲気ではあったのですが、雨降りは雨降り。

***
雨が降ってはいたものの、ホテルにチェックインしてごろ寝や温泉…にはちょっと早すぎる時間だったので、ちょうど「エンジェルロード」が干潮のために歩ける時間帯だったので、車を30分ほど走らせて、日没前に、土庄町(とのしょうまち)に行ってみました。
これを逃すと次の干潮は翌朝の5時ころ…と言われれば行くしかありません。


この写真の左手に見える島までの、手前の砂の道が「エンジェルロード」らしいです。潮が引いている時にだけできる道らしいです。この写真では人っ子一人見えませんが、実際は小雨降る中沢山の人が歩いていました。写真を適当に撮りまくってホテルに戻ります。帰り道は真っ暗で、道路に面したお店も殆ど閉まっています。島ですし、観光地ですし当たり前なんでしょう。東京が異常なんです。


ちょうど今日まで瀬戸内海の島々で芸術祭の期間中でした。といっても小豆島に夕方入ったため、小豆島に展示されていた芸術祭の作品は殆ど見られずじまいでした。


ということで、道すがら立ち寄った本屋で偶然、いや全くの偶然ではないのですが、出会ったヘミングウェイやボードレールをぱらぱらと捲っているうちにどんどん夜が更けていきました。本を捲っている時、旅先に持ってきたiPod classicの中に小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ演奏によるベートーヴェンの第九が入っていることを思い出したので久しぶりに聴いてみました。


ボードレールの詩集「巴里の憂鬱」(新潮文庫版、三好達治訳)の中に

「酔え」

という詩が収められています。131頁です。たった1頁しかない詩なので、もし機会があれば読んでいただくといいかもしれませんが、その冒頭にこうあります。

常に酔っていなければならない。それこそは一切、それこそ唯一の問題である。

いや、そんなバカな、と思う方が、もしいらっしゃいましたら、続きを是非、お読みください。本書に収められている50篇の詩は、今の私には難解なものが多かったのですが、これはわりとすんなり楽しめました。ということでこの旅はもう少しだけ続きます。
(以上11月4日記す)

2013年9月22日日曜日

(旅) 秋の小トリップ・其の壱 (静岡県沼津市)

ということで続編があるかわかりませんが、小旅行シリーズ、其の壱です。
9月になってから、こちらへ行って参りました。



静岡県沼津市にある「若山牧水記念館」です。詩人、若山牧水の生誕の地は宮崎県なのですが、亡くなるまでの数年間、この沼津に終の棲家を構えたということで、この地にも記念館があります。
事前に調べたところ、沼津駅から記念館まで徒歩20分だったので、タクシーを使うまでもないし、バスはよく分からないし、レンタカーは使えないし、レンタサイクルもないし…ということで歩いて行きました。といっても駅から記念館までこれといった目印もなかったので、iPhoneの「Google Maps」を頼りに、最近聴きはじめたブラームスの交響曲第4番(カルロス・クライバー指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏のもの)をBGMにしてずんずん歩いたのでした。


記念館のような施設は大体、夕方17時ころ閉館してしまうものですが、この施設は実に、16時半に閉まってしまうのでした。この日、記念館に到着したのは閉館する20分前。少し涼しくなってきたとはいえ、重たい鞄を持ったまま20分歩き続けると汗だくです。展示物を見る前に呼吸を整えねばなりませんでした。

幸い、展示物の数がそれほど多くなかったので、閉館までの20分ほどで、ひと通り目を通すことが可能でしたが、2時間あったら2時間かけてゆっくり見ることもできただろうなぁ、と思うと、そのうちに時間を見つけて再訪しなければならないような気持ちのままに、記念館を後にしました。


記念館は「千本浜公園」という、千本松原を中心とした海浜公園に隣接した場所にあります。真っ直ぐな松を沢山見ることができます。


千本浜公園は西向きの海岸になっているので、夕日を眺めることができました。


もっと天気が良いと、夕焼け雲と富士山を同時に写真に収められるくらいになるらしいです。日が落ちるまでの1時間ほど。記念館で購入した若山牧水の詩集や、ゲーテのファウスト(新潮文庫版)を、波の音を聴きながら読み進めることができました。


千本浜公園から沼津駅への帰路の途中に乗運寺があります。この寺に若山牧水は葬られたようです。1日に1升も酒を飲んでいたら、矢張り肝硬変になりますよね…。酒は程々にするのが健康にはいいでしょうが、若山牧水が程々の酒しか飲んでいなかったら、氏の詩や随筆、紀行文が今まで残らず、私は読むことができなかったかもしれない…と思うと複雑な気分になります。

***

干支一周くらいの長い間にわたり仲良くしてくださっている友人たちとの会話で、色々なことを学びました。

僕はまだまだ僕以外の人たちに期待し過ぎていて、まだまだ他力本願のようです。

「どんなことでも体験してみないと分からない」というのが、私のポリシーの1つだったのですが、それにしても、何だかいろんなことを体験するのにちょっと疲れてきたので、鴨長明の方丈記のイントロの如く、流れに拘泥せず、ある程度なりゆきに任せてみたいような気がします。
周りの方々の親切な気持ちに感謝できるうちは甘えさせていただこうと思います。ご迷惑おかけしますがどうぞよろしくお願いします。

2013年8月11日日曜日

(雑) 灼熱の熱き日は寝るに限る、高村光太郎展他


異常な暑さでしたが、外出できるくらいには体力が回復してきたので、お隣の千葉県は千葉市に行って参りました。

実験を終えた後、行きは東京駅から総武線で千葉駅まで乗り、そこからモノレールに乗り換えて葭川(よしかわ)公園駅で下車。葭川公園駅から千葉市美術館まで徒歩5分…らしいですが、35℃を恐らく超えていたためか病み上がりのせいか、途中セブン・イレブンに避難しつつ歩いて行きました。空腹のまま歩いたせいか、展示を集中して見る前にひと休みふた休み必要でした。


千葉市美術館に何をしに行ったかと申しますと、「彫刻家 高村光太郎展」をみるためでした。親切な友人に教えていただいたので、このような機会を得ることができました。本当に感謝です。千葉の後は岡山と愛知の美術館で開催されるようです。


高村光太郎については詩人というイメージしかなかったので、彼の彫刻については、つい数週間前まで何も知りませんでした。後の知識といえば奥様の高村智恵子が精神分裂病だったということ。精神分裂病は2002年(平成14年)に統合失調症へ名称が変わりましたが、智恵子氏が本当に今でいうところの統合失調症だったのか、私には分かりません。

美術品の展覧会は、まだ数えられるほどしか行ったことがありません。ですが、背景を知っているのと知っていないとで鑑賞するのは、そのどちらにも別々の楽しみがあると思います。今回は前者をトライしてみようと思って、本をいくつか読んでから展覧会に行ってみました。

ということで展覧会に行く前に読んだのは以下の3冊。

1. 高村光太郎 書の深淵、北川太一著 高村規写真、二玄社
2. 高村光太郎 美に生きる、高村光太郎作品詩文、北川太一編/高村規撮影、二玄社
3. 高村光太郎詩集、高村光太郎作、岩波文庫

高村光太郎は偉大な父、光雲の子に生まれています。光太郎氏73歳の文章にこう書き記されています。

自分にとって何よりも確かなことは、私が内面から彫刻家的素質に貫かれているということである。・・・・・・人の顔を見ても、木の枝一本を見ても、思索上の観念構成の組立を見てもそうである。 自伝(昭和30年) 上記1のp190より引用

その氏が作った「光雲の首」(明治44年、29歳)の堂々たること。木で彫った「蝉」3作品(大正13年、42歳他)の生きているか如くに精緻で繊細なこと、「柘榴」(ざくろ、大正13年、42歳)の香り立たんがごとく瑞々しいこと。

そして、智恵子氏の紙絵の1つ1つが愛にあふれていたこと。

「人の首」の中で、高村光太郎はこのように書いています。

人間の首には先天の美と、後天の美がある。この二つが分ち難くまじり合って大きな調和を成している。先天の美は言う迄もないが後天の美に私は強い牽引を感ずる。閲歴が造る人間の美である。私が老人を特別に好むのはこの故もある。写真は人間の先天の美のみを写して後天の美を能く捉えない。だから写真では赤坊だけがよく写る。後天の美を本当に認め得るのは活きた眼だけである。

氏が意図するところかどうか分かりませんが、展覧会で見た人間の彫刻の眼ひとつひとつ。
そのどれにも確かに生命が宿っていることを感じることが出来ました。彫刻を、こんなに時間をかけてありとあらゆる方向から眺めたのは、私の人生では今回が初めてでした。

一心同体と言っても過言ではない妻に先立たれ、戦争の空襲によって自分が魂を込めて作った作品の殆どが焼け、アトリエが焼け、その後疎開した岩手にいた7年間何一つ彫ることが出来ず。
それらの出来事が、新しいものを創造するアーティストにとってどれ程の苦痛なのか、私には想像すら出来ませんが、魂を込めて作った作品に触れることが出来たので、その幸せに感謝したいと思います。

帰りは千葉みなと駅から京葉線に乗って東京駅に帰って来ました。千葉みなと駅からは遠くに海が見えました。風も幾分涼しく感じられました。潮の香りはちょっと分かりませんでしたが。


昼間の熱気が全く冷めていない中、外に出ました。
東京駅の丸の内口を見上げるとこの景色に出会えました。これまでこの景色は何度か眼にしていた筈ですが、今回の景色で、また新しい発見がありました。何が新しいのかを文字にするのは今の私には難しいのですが。

***
このブログは趣味以上でも以下でもないものなので、そろそろ潮どきかな…と思っていたのですが、ありがたいことに続けてもよいという許可? を得ることができました。ですので、もう少し続けてみます。

ということでもうしばらくお付き合いください。

***
有名な曲ですが、久しぶりに聴くと矢張り名曲バラードでした。ということで今日はBon Joviの「These Days」です。昔、友人がカラオケでこの曲を歌ってくれたことを、昨日のことのように思い出します。



2013年5月6日月曜日

(詩) 空想と願望 - 新編みなかみ紀行(若山牧水著、池内紀編、岩波文庫、2002年)

若山牧水の詩の話とか、日常会話に出てきませんし、「何の役に立つの?」って真顔で言われたりした日には「まぁいいから1回読んでみてよ」としか言えませし、役に立つかどうかをすぐ判断できるものしか求めないような世界に、私は住んでいたくありません。


短歌を詠んで、酒を呑む。旅に出る。天気が悪かったりして旅の足止めを食らうとまあ仕方ない、と取り敢えず酒を呑む。いい気分になって短歌をよむ。足止めを食らったはずなのに、旅を再開するでもなく、そこで数日酒を呑んで短歌を詠みながらだらだら過ごす。あぁそろそろ行くかとのろのろと歩き出し、途中途中で呑む、短歌をよむ。


そんな調子の紀行文が何篇も収められている本なので、まぁ何かの役に立つ本をご所望の人には全くすすめられませんが、p152-160に収められている「空想と願望」は私が大好きな詩の1つです。

***
誰一人知人に会はないで
ふところの心配なしに、
東京中の街から街を歩き、
うまいといふものを飲み、且つ食つて廻り度(た)い。

・・・中略・・・

いつでも、
ほほゑみを、
眼に、
こころに、
やどしてゐたい。

自分のうしろ姿が、
いつでも見えてるやうに、
生き度い。

・・・中略・・・

麦酒(ビール)が
いつも、
冷えてると、
いい。

***

ただの酔っ払いのようですが、人生にまっすぐな姿勢が感じられます。こんな酔っぱらいになりたいものです。