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2011年4月30日土曜日

(音) Golden ResurrectionのGlory to My King (2010年)

インヴェイマルムスティーンが確立したネオクラシカルサウンドへのオマージュともとれる、ネオクラシカルメタルの基本を忠実に守った正統的な歌モノアルバム。全編熱いヘヴィメタルだが、#3「Glory to My King」と#5「The Final Day」は鋼鉄を愛する魂の持ち主ならば、涙を流して高揚感に包まれることが間違いない程度に名曲である。私には他の曲はピンとこなかったのだが。

2011年4月29日金曜日

(音) EGO-WRAPPIN' - ないものねだりのデッドヒート (2010年), ASAへabstract

熱心なファンではないのだが、「色彩のブルース」1曲だけで、私の中では殿堂入りのバンド。このアルバムは7枚目らしい。

暫く前からアルバムをiPodに入れていたのだが、聴きはじめるといつも2,3曲目で挫折していた。研究室で実験に失敗し、やり直しをしていたら随分遅くなってしまい、帰路で人身事故による電車停止に見舞われたため(木曜日の話)、近くの喫茶店に入ったところ何故か喫煙席しかなく、ヤニの香る中で勉強している23時過ぎのビジネスパーソンたちを横目にしながら、改めて聴いてみた。

#4「BRAND NEW DAY」が素敵なくらいに名曲だったことに今更気付く。お祭りのような歌謡曲?実験も失敗してみるもんだ(といいつつマイナートラブルは既にいっぱい繰り返しているが)。

***
実験、講習、麻酔当直、家事、電車移動の合間にコツコツ改訂してきた抄録を、やっとのことでASA annual meetingに提出。dead lineは5月2日だから本当に直前になってしまった。これで、来月の麻酔科学会総会用のポスター作成に本腰を入れられるってもの(まだ出来てないなんて!本当にunbelievable happeningである。そのためパソコンのデスクトップに「自動カウントダウン計」を設置してみる。1/1000秒まで表示されることから来る圧迫感は尋常ではない)。
締め切り直前にも関わらず、改訂指導してくださったN先生に感謝。英語のabstractなんて書けるんだろうかと疑心暗鬼だったが、チクチク英語をいじっているうちに、いつの間にかそれらしくなるもんだ。やはり先達あらまほしきものなり。採択される可能性は低いと想像するが、出さないことには100%採択されない。今回は演題の提出方法が分かっただけでも勉強になった。
6月1日には結果が分かるようなので、懸賞にでも応募したつもりで待ってみることとする。

しかし万が一、万が一、採択されたとして。
専門医試験:9月30日-10月2日
ASA annual meeting:10月15-19日
なんだけどな。

最近の私、ちょっとしたケイアス状態である。コツコツやることにしよう。

2011年4月28日木曜日

(本) 言い訳にサヨナラすればあなたの人生は輝く ― ショーン・スティーブンソン

・個人的レベルで患者と向き合おうとしない医者は、たとえ医学的な過失がない場合でも、医療過誤で訴えられる傾向にあるそうだ。(p91)
・本当の心のふれあいをするということ ― 人とだけでなく自分自身とも ― が、言い訳を撃退するための第一歩なのである。(101)
・修行を積んで自我から解放されたヨガの達人ではないかぎり、人は言葉によって傷つく。言葉には感情が含まれている(107)
・Fear is "False Experience Appearing Real".(現実のように見える架空の経験である)
・「でも、・・・・もし・・・したらどうしよう」は時間と感情とエネルギーの時間の無駄なのだ!完全に時間の無駄である!!!
それにからめとられそうになったら
「自分の不安が見当はずれだったらどうなるのだろう」
「最悪の場合でなく、最善のシナリオが実現したらどうなるだろう」
弁解行為は単に、自分が直面したくないものを隠すためのカモフラージュに過ぎない(p128)

言い訳にサヨナラしていない私だが、この本を読んでもあまり得るものがなかった。もうそろそろ自己啓発的な本で、何かのパラダイムシフトが起きることを期待するのは止めた方がよいのかもしれない。本や他人の文字から何かを得ようとしているうちは、自分の頭を使っている振りして、これっぽっちも使っていないかもしれない。問題に対する解答、ではなく、何が問題なのかを考えるようにしよう。自分の関心に集中することにしよう。

***
それはそうと、iPhoneで見やすいように、blogの設定を変更してみた。
しばらく使ってみて、使いやすいようならこれで行ってみようと思う。

しかし何故やることがあればあるほど、やりたいことが増えるのだろう。

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「ライフサイエンスオンライン辞書サービス」は以前から時々利用していたが、「Web LSD」で調べたい単語を入力→「英語共起表現」をクリックすると、「その単語が英文中でどのように利用されているのか」の例が、たくさん出てくる。
例えば「essential」と入れると300文並べてくれる。
正しい使用方法かについては必ずしも判別できないが、前置詞の使い方については結構いけそうである。

2011年4月27日水曜日

(雑) 45.33%

私の住んでいる練馬区の今回の選挙の投票率である。

ちなみに4年前の”平和だった”時の投票率はというと47.22%である。

これが何を意味するのかはよく分からないが、憲法第15条に定められた権利を自発的に放棄する人が、投票権を持つ20歳以上の人のうち半分以上いるということを示す。

世論調査では、8割以上が与党を支持していないようだが、支持していないからといって、対立候補に投票するわけでもなく、選挙権を行使しないという行動を取っているようだ。

多数決。みんな結構好きなはずなんだけど。
職場で自分が休んじゃった日に大事な決定があって、翌日職場に行って同僚から
「あ、そういえばあなたね、来月から給料3割カットされるってさ。昨日の話し合いで決まったの」
と言われれば、多くの人が怒るに違いない。
選挙ってそれと同じ様なことが、起こっているんだけど。(勿論ひとりひとりの市民には分かりにくいように、狡猾に税金の調整を、為政者はするわけだが)

地震に対する政府の対応に納得しないのならば、テレビの前で文句言ってるだけじゃなくて投票したほうが良い。と思う。投票できるのにしない人たちが、もし投票しない理由を「よくわかんないし誰に入れても同じでしょ。まぁ、投票する人たちがいるんだから、その投票結果に乗っかります」と、他力本願そのものに口走ったとしても、私は別にそれはそれで構わない。
今回の投票率を見て、やっぱりこのような大震災時でも、多くの成人にとって政治は他人事なんだなと思っただけ。それと同時におそらく、この他力本願なところが、この島国のよさでもあるのだろう。

2011年4月26日火曜日

(麻) TEEの安全性

Progress in Perioperative Echocardiography: Focus on Safety, Clinical Outcomes, 3-Dimensional Imaging, and Education(Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia)
をぱらぱらと読む。Google Scholarの「アラート機能」は本当に便利である。キーワードを登録しておくだけで、受動的態度でも論文がメールとして送られてくるのだから。


・n=80の単一施設研究では以下のように、TEEプローベ挿入時に、喉頭鏡を使用することで合併症が減少。
odynophagia (嚥下痛。2.5% v 32.5%, p<0.05)
oropharyngeal mucosal laceration (5% v 55%, p<0.05).
・10000例以上を解析したオーストラリアの研究では胃食道穿孔は1/1000の頻度。穿孔した際の死亡率は21.4%。


他にも色々興味深いことが書いてあるが、上記のような記述を見るたびに、盲目的なTEEプローベ挿入はあり得ない、という思いを新たにする私。だが、培養dishの腫瘍細胞と睨めっこする毎日のため、TEEをやる機会も激減している。JBポッターの資格を、もしかすると返却しなければならないのではないかと、びくびくしている今日この頃である。

しかし、培養dishの癌細胞はなぜ細菌や真菌に負けてしまうのだろうか。sepsisになった患者さんの癌が消えた、なんて話はついぞ聞いた事がないが。

2011年4月25日月曜日

(本) はじめの一歩のイラスト生化学・分子生物学 - 前野正夫・磯川桂太郎

本書を購入するに当たり、「Molecular Biology of the Cell」の日本語版が大学の生物学における指定教科書だったことを思い出した。20000円もする教科書自体にびっくりした気がするが、それにもましてびっくりしたのが、あまりの詳細な記述と、日本語版にも関わらず、その意味がちっとも分からなかったこと。
今思うと、本書のような初心者向けの教科書を"The Cell"とは別に求めるべきであった。そうすれば大学に入って、はじめての生物の試験で赤点を取らずにすんでいたかもしれない。

ということで、本書は知識の棚作りに非常に役立つ1冊。数日で十分通読できるだろうから、その後に"The Cell"を読めばよいのだろうと思う。私にはもっと回り道が必要だけれど。

と、同時に購入した「好きになる分子生物学」(萩原 清文、講談社)も分子生物学の知識の棚作りとしては非常によくできた本。これほど分かりやすく書くためには、よっぽど深く物事を理解していなくてはならない、ということが深く心に染み入る作品。

2011年4月24日日曜日

(雑) 区長選挙・区議会議員選挙

区長選挙、区議会議員選挙の投票に行く。
自分が住んでいる町にも拘らず、誰が政治をしているのか分からない。
そのため投票に向けて、試験直前の学生のように、詰め込みで立候補者についての知識を仕入れる。
しかし、よくわからない。
どんな美辞麗句が公約に掲げられていても、それが実行されるかは分からないし、今回のような大災害が将来また発生したときに、「かつて掲げた公約」をさっさと撤回するくらいの潔さを、その候補者がもっているかどうかなど、どれだけネット其の他で情報をかき集めたとしても、分からない。

分からないが、掲げていない公約を実行してくれるような人はいないだろうから、書いてあること、主張してあることを目安にするしかない。

皆、何を根拠に投票をしているのだろう。たった一票だが、苦悩する。
投票しないという選択肢もあるだろうが、そうなると全立候補者にうす~く投票していることになる。例えば3人立候補者がいれば、自分の1票が、3人に0.33票ずつ入る、ということになる。
たった1票だが、自分と全く相容れない主張をしているような人に、その票の一部分でも入れるべきではない気がする。

2011年4月22日金曜日

(麻) ひとしれずHelter Skelter


といってもThe Beatlesと、今回の記事は全く関係ない。

私は音楽は好きだ。だが、自分の手術技術が標準に達していない(であろう)状態の術者が「何か音楽お願いします」と、外回り看護師さんにお願いするような場に居合わせたくない。術者にはゾーン(超集中状態)に入っていただきたいと、全く身勝手ながら思っている。上手くて早ければいくらでも何でも聴いていただいて構わない。だが、「さとうきび畑」が流れていても、「Phobophile」が流れていても、耳に入らないくらい集中してもらいたいのである。
手術は1分でも1秒でも早く終わった方がいいに決まっている。麻酔導入後、いつまでたっても手術が始まらないなど言語道断である。(私はいいけど、いやよくないけど、無駄に麻酔薬を使用される患者さんの身になっていただきたい、と偽善者ぶってみる)

それはそうと「手術がいつまでも続かないかな~」と願ってしまうときがある。

術中の血圧変動が激しいときだ。血圧が高めで続くのならばよい。もともと高血圧+糖尿病+慢性腎機能障害の患者さんならば血圧は高めの方が安心。
だが、硬膜外麻酔+remifentanilで鎮痛を図っているにも拘らず、皮切から腹膜切開にかけて血圧がぐんぐん上がっていき、侵襲が落ち着くと安定し、切開をちょっと広げるとそれに伴い血圧が上昇し、侵襲が落ち着くとまた一定の状態に落ち着き、腹腔内洗浄時にまた上がり、腹膜縫合時にまたぐんぐん上がり、というような状態である。私はよっぽどのことがない限り、硬膜外カテーテルを挿入した後、カテーテル挿入部位を中心に冷覚低下が見られるかを確認(所謂コールドテスト)することにしている。そのテストで、冷覚低下が、侵襲がおよぶ予定の範囲に見られているにも拘らず、上記のようなバイタル変動が起こるのである。しかもremifentanil0.3-0.5γ程度併用しているにも拘らず、である。
このような場合、患者さんの瞳孔が縮瞳しているのを何回も確認し、血糖値もいつもよりこまめにチェックして、浅麻酔のせいで高血糖になっていないかをしつこく確認する。そして痛いのかよ~あ~あ週1しか麻酔してないから罰があたったのか、とか、未治療の褐色細胞腫か?、とか、もしかしてアルチバにケタミンが混入されてるのか?、とか、カテ先は皮下組織か?だったら「コールドテストはOKだったが、実は効いていなかった硬膜外麻酔の1例」で症例発表しようか、できるわけねーよ、とか、buckingしませんように、そうだいつもよりちょっと筋弛緩を多めにしとこう、とか、患者さんが目を覚ました後に痛がったらどう言い訳しよう、あぁこの外科医たちと仕事するの初めてだよ患者さんが痛がって暴れたら気まずいなー術中も愛想よく振舞っておくか~ラポールは大事だ大事、でもあと数時間でラポールを築いてもぶち壊れるんだろうけど、とか、硬膜外が駄目ならiv-PCAにするか、でも硬膜外カテーテル入ってるしポプスカインにフェンタニル混ぜちゃったよiv-PCAにするとしてもどんだけフェンタニル入れるんだよ、「エピ(硬膜外麻酔のこと)の効きがいまいちですね~」とかいってフェンタニルをちょっと静注して落ち着いたらあとは病棟に丸投げするかとか、あぁでも上腹部切開だし痛かったら絶対SpO2下がるよな、とか、大量出血して大量輸血するような超長時間手術になって「麻酔の先生、すいません本当にご迷惑かけて」なんて言われながら、「じゃぁ一晩様子見ましょう」としれっと言って抜管せずにICUGo!、って話にならないかなーとか、本当に麻酔科医としてお天道様に顔向けできないような妄想ばかりが頭の中にぐるぐるまわるのである。

だが手術が終われば麻酔から覚醒させるしかない。恐る恐る(勿論remifentanilは切らずに0.05γ流しながら)麻酔から患者さんを起こすと、患者さんは目をぱちくりさせてけろっとしている。抜管基準を全て完璧に満たしているので、術後のレントゲン撮影の5分後には抜管できてしまうのである。
ん?おかしくないか?なんで痛がらないんだよー!?
Remifentanilが残ってるせいか?と思っても、ベッド移動の体位変換でも顔をゆがめない。10分、15,
20分見ても。しっかり深呼吸できるのである。

痛がらないなんておかしいだろ、なんであんなに侵襲に応じて血圧上がってたんだよ、とカテコールアミンが過剰に分泌していたのは自分だけだったのか、と腹立たしいやら何やら。
本当に血圧の変動だけでは痛みがあるのかないのかわからない。

ということが、毎日の麻酔の中ならば、その衝撃も希釈されるのだが、週1回程度の麻酔で、毎週あったらたまらない。

2011年4月20日水曜日

(雑) 土壌をつくれば

震災の復興資金不足に対応するために、消費税を増やしたいらしい。

増やして復興の支援になるのならば、特に反対はしない。
だが、増税→  →  →  →  →復興支援
の途中の過程が見えない。
少なくとも1日1,2時間もメディアに接している筈だが、どこからも聞こえてこない。

どうせ消費税率アップを語るなら、「議員報酬は○○%カットします」という前口上があれば、多分国民の受けも大分違っただろうに。

今になって政権への批判は高まり続けているが、「初期対応が遅い」という批判をする人たちには、どう返答すれば納得してくれるのだろうか。
これだけの大被害をもたらした災害に遭遇した人は、今生きている人の中には殆どいない筈である。だから「初期対応の遅さ」の意味が、批判者の感覚的なものなのか、それとも歴史上の記載に見る関東大震災への対応と比べてなのか、阪神淡路大震災と比べてなのか。ただ、不満をぶつけているだけの可能性もある。

この1ヶ月の為政者の努力が足りないと思うところは、数字で示すべき説明時に、具体的な数字を説明の根拠として出さないことと、国民を勇気付けるような熱のこもった言葉を吐き出さないことである。いろいろな現場感覚では便宜的に使われる「念のため」とか「一応」という単語が、不安を増すだけということに気付いていないのだろうか。記者会見時は、アドリブではなく、原稿を準備しているはずなのだが。

伝える努力が足りないのである。
一生懸命やっているだろう。多分。「一生懸命やっています」と繰り返し語るよりは、○○は何ヶ月掛かる。それは△にこれくらい、□にこれくらいかかるためである。というような具体的な行動目標が出てくれば、それが「彼らの一生懸命さ」をあらわす指標になる筈だ。どんなに対応が遅かろうと、やる気が(きちんと相手に伝わるような)言葉に出ていれば、もう少し、先の選挙でも票が獲得できていたのではないかと、思ってしまう。

尤も、普段から、自分の真意を隠すかのような答弁に終始していたのだから、すぐに変えられないのは仕方ないことである。しかも、具体的な言葉を吐き出して、それが守られなかったときには、メディアも国民もすぐに怒り出す始末だし、不信任決議案や更迭の憂き目にも遭いかねない。だったら下手な約束はしない方がいいのかもしれない。
ただ、いろんな批判者が、対案なく批判していることを考えると、政権担当者は、そのような言論に屈してはならないのではないかと思う。やること為すこと合っていようが間違っていようが、行動しないことに劣る決定は、今の時点ではないだろうから。

2011年4月15日金曜日

(本) 科学者という仕事  独創性はどのように生まれるか ― 酒井邦嘉

当直室で美空ひばりの「愛燦燦」を聴く。
今日は久しぶりに呼吸器外科の麻酔。
久しぶりでも体が覚えているものだ。

***

これほど学問への愛に溢れた書に出会えたことは、大変な幸せである。素晴らしい本の、1つの側面には「その本をきっかけにして類書や著者が薦める本との出合い」があると思う。著者が科学者であることに起因するだろうが、本書には参考文献・図書が大変多く、親切に各章末に記載されている。その中にはドイツ語の本もあるが、日本語や英語で書かれているものも多い。本書で引用されている言葉の中で気になったものや、キュリーやチョムスキーと言った偉大な科学者の自伝等にあたる事が出来る。その意味でこの本は、この本自体がもつ輝きを何倍も高めてくれている。読者への愛情にも溢れた本である。

「科学者」だけではなく、およそ学問や芸術に携わる人全てが、読んで何らかの得るものがあると思う。研究者のホンの小さなひよっこになったばかりのこの時期に、出会うことができた私には大切な一冊となりそうである。

まず「どのように研究するか」を十分に体得した上で、「何を研究するか」を考えた方が良い。(p46)

・大学や大学院で始めた研究が、将来のライフワークとなる研究分野と一致したとしたら、それはとても幸運なことだが、そうでなくともがっかりすることはない。その過程で、「どのように研究するか」を学ぶことができたとしたら、それは研究者の卵として最大の財産になるに違いない。(p46)