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2012年12月30日日曜日

(雑) まぁ・・・

私にとっては「未来」に票を投じた人が300万人以上いたことが一番の驚きでした。こうなることは120%わかっていたと思いますが…。

2011年11月30日水曜日

(雑) 沖縄防衛局長の更迭

・非公式懇談の上、発言の前後の流れが不明である
・「やる前にこれからやりますと言いますか」と本当に発言したのだろうか。情報源によって表現が異なるのが気になる。
・非公式懇談の内容を報道して良いのでしょうか

という疑問がすぐに湧きます。
今回の更迭の件は、「放射線つけちゃうぞ」で更迭された大臣の時に非常によく似た気持ち悪さを感じます。気持ち悪さは、発言内容に、ではなく、報道のされ方、にです。
上の言葉だけ報道されれば当然みなさんお怒りになるでしょう。ですから、その前後の内容、周りの人たちの様子、どれくらい酒が入っていたのかとか、全部、メディアによって加工しない状態の映像情報を出してもらえると、私としてももう少しまともな判断のしようがあるのですが。
火のないところに煙は…と言いますが、それにしても、米軍基地問題について政府の動きを快く思っていない人の悪意の結果の顛末なのではないだろうか、と疑ってしまいます。非公式懇談での失言(?)によって本人やその家族の人生が大きく悪化するだろうことを考えると、どのように受け止めて良いのやら。政治家や官僚はずいぶんと簡単に首を切られてしまうものなんですね。

2011年11月13日日曜日

(雑) TPPのつづき

11日夕方、久しぶりに国会の様子(議論とよべないようなものでしたが)をテレビでみた。舛添氏と福島氏の質問の場面だったけど。
腹の中は賛成推進で固まっていても、それを意気揚々主張すると、党を離脱する人が出て、他の法案審議の際に影響を及ぼす。とか何とか色々色々と複雑な、官僚や既得権益層への配慮やなんかがあるために、ああいう、なんとも覇気のない答弁にならざるを得ないのだろうか。

これだけ是か非か二分されている状況では、恐らくどちらが絶対に正解ということはないのだろう。賛成することによって得をする人が何千万人、損をする人が何千万人、というように。単にそのバランスの問題であり、国が壊れるか壊れないか、という単純な二元論ではないだろう。尤も、二元論によって意見を主張する人も、「こういう悪いところは予想されます。ですが総合すると~~の理由で交渉に参加すべきです。いや、でも……もあるんですけどね」と、ごにょごにょいうわけにいかないからキャッチフレーズ的に「乗り遅れれば国が沈没するぞ」みたいなことを言うことになってしまう。
トータルでは今後10年で2-3兆円程度のプラス収入が見込まれる程度、というから(その目算も、情報の出どころによって様々だけど)、得をする人は、きっと多く得をして、損をする人がすごく損をするだろう。もしくは多くの人がうっすらほんのりと得をして、それよりは少ない数の人達が損をするのか。そのバランスはよくわからないけれど、これまでも多くの政策決定において、涙を飲んだ人はいた筈だし、損をする人たちの補償をどうするのか、は今に始まった問題ではない。昔どこかで見たような光景が、今回も繰り返されているようだ。

新しい関税の体系、人の流れにおいて、「適切な努力」をした人間のみがその場に踏みとどまることを許され、「不適切な努力」や「努力をしない」人間、「現状維持が精一杯で努力できない」人間が凋落の一途を辿る。
TPP反対派の意見は、国内の農業(米、小麦、牛乳、砂糖など)がダメになる、というもの。賛成派はグローバルに展開する自動車産業やその他の製造業の競争力のハンデとなる関税を撤廃しないと、海外の企業と戦うことすらできない、というもの。
しかしすでにお金を持てる人、と持たざる人の差は十分広がっている。持たざる人たちの幸福も考えるならば、スーパーで安い商品を選択できることは生きていくために必要ではなかろうか。現在ですら、お金を持てる人たちは、高くても安全性の高い(だろう)野菜や果物を手にしている。お金を持たざる人たちは、安い食品添加物まみれのファストフードを手にしている。これはまぁホンの一面でかつ偏見的な視野だけど。

国民健康保険の財源は加入者(国民)の保険税と市・県・国の補助金や負担金等で賄われている。産業が衰退し、少子高齢化が進行し、国が出せるお金や国民が払う保険税が減れば、国民健康保険制度は早晩崩壊する。TPP参加によって、万が一、医療の世界に自由競争が導入され、国民皆保険制度が崩壊する、という反対派の根拠があるけれど、40年後には65歳以上が国民の4割を占める国になる。そのため、TPPに参加しようがしまいが国民皆保険制度は、私の老後にはなくなっているだろう。今回TPPに加わるか加わらないか、は、そのタイミングが早いか遅いか、の違いではないだろうか。
農業に関しても国の庇護のもと、金銭的・制度的補助下に置かれている状態だろう。
総じて考えると産業でのプラスが農業や医療の赤字分を多少なりとも補填している(国としては借金まみれで全く補填してないけど)ような、現在のこの国の状態をみるならば、TPPに参加しないことで産業界もへたってしまい、更にこの国は「金銭的にも」衰退していくことになる。

賛成派:もうとうの昔にきつ~い国際競争にさらされている業界
反対派:農業・医療など国に守られている業界

という大変大雑把な図式をみて、10~数十年のスパンで物事を考えれば、今TPPに反対している人たちも、貧乏くじを引くハメになる気がする。自由貿易が経済発展に必要、というのはこれまでの経済理論から事実のようだ。だから、TPP参加以外の選択肢はない。あるだろうけど、それはやはり、不参加の場合よりも不幸になる人が、将来的に多くなる気がする(我々の子どもや孫の世代には)。

ということで現時点では、私は今回の首相の決断(決断させられているだけだろうけど)に一応同意せざるを得ないという結論に到達したけれども、自分がいる業界が「国の制度に守られている医療」なので、TPP参加によって短期的には割を食うだろう覚悟をもって生きていかなければならないのかなぁ、という危機感であることには変わりない。取り敢えず日本で医師として働けなくなる日が来たとしても困らないように英語だけは勉強し続けよう、怪我や病気をして病院の世話にならないように体調管理を気をつけよう。外国の農薬まみれの野菜が入ってきても困らないように、自分で食べられるくらいの野菜を育てることを計画しよう。そうして自分や家族を、取り敢えず国や社会のせいにしなくてもよいような状態にしてから、自分が社会に対してできることをしよう。そんなところだろうか。

参考文献:Japan Mail Media 他

2011年10月21日金曜日

(雑) TPPって…

ちょっと前ですが。

環太平洋経済連携協定(TPP)に日本が参加すべきだと思う人は51%で、「参加すべきでない」23%を上回った。(2011年10月7日~9日の読売新聞社の電話による世論調査)

今更ですが。TPPとは「環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)」。参加国:シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの自由貿易協定(FTA)として2006年に発効、その後、米国、豪州、ベトナムが参加、現在は計9カ国。

上記調査に「参加すべき」と答えた過半数の日本国民の方々は、TPP参加で、本当に日本が豊かになると考えているのでしょうか。上記の国々で日本の輸出を押し上げるような財力のある国はアメリカしかない気がしますが。そしてそのアメリカの失業率は9%以上です。テレビ情報では、農業のことばかり取り上げられますが、医療も自由競争の俎上に上げられます。
人・モノ・金・サービスの移動を全て自由化する、というのがTPPの本質だとしたら、医療費は高騰し、国民皆保険制度は崩壊し、医療サービスが受けられずに死ぬ経済的弱者が増え、不景気で儲からないアメリカ人弁護士が日本に上陸して、今よりも医療裁判が増える(そして私は訴えられて路頭に迷う)。

メディアは概ねずっと「参加したほうがよい」という論調だったように、私は感じているのですが、もう一度、「TPPに日本が参加するとどんないいことがあるのか、悪いことがあるのか」というところから説明して欲しいと私は思います。これは情報操作なのか、TPPに参加するとメディアに何か儲かる話があるのでしょうか。

年金の支給開始が遅くなることより、TPP参加の方が大問題の気がします。 上記のことが全て、単なる私の誤解と妄想なのだとしたら、どなたかその誤解を解いて、安心させてくれないでしょうか。もうちょっと学ばないとダメだな、こりゃ。

2011年9月10日土曜日

(雑) 何故「死の町」が批判されるのか、について

経済産業相が、東京電力福島第一原発の周辺市町村を 「市街地は人っ子一人いない、まさに死の街という形だった」と述べた。

ことに対して批判がたくさん来ているらしいです。
不穏当だから、のようです。
さしさわりがあって、適当でないから、のようです。

私にはこの言葉が現状を正確に表現した言葉かどうかは分かりませんが(現場を一度もこの目で見ていませんので)、第一原発周囲の現状を恐らく一番キツく端的に表した言葉ではないかと想像します。

恐らく、多くの日本国民にとって「死」という言葉から想像されるもの、御遺体、死臭、その他が自分の世界から遠くにあり、従って「死」という単語から想像できる世界への意識が貧困になっているためのアレルギー反応による批判、もある程度含まれていると考えられますが、何よりも、「死」という言葉から、夢も希望も連想されないと多くの国民が考えているからでしょう。復興への意欲を削ぐに十分すぎる不適切発言だ、と。もしくは地震の津波で御家族を亡くされた方々、「死の街」と表現された街から他の地へ避難された方にとっては、「死」という言葉が、震災の記憶をまざまざと想起させるものだったのかもしれません。

現場を端的に表す言葉として「死の町」は、言葉としては間違っていなかったと仮定しても、復興への意欲・希望・夢を微塵も感じられない「死」という言葉に、多くの人々の感情を害したために批判されたに違いありません。

ということで、他にいくらでも表現の仕方があっただろうにも関わらず、「死」という言葉が現在のこの国でどれほどの批判を浴びるか、について想像力を駆使する余裕もなく、口をついて出てしまった方には幾許か同情せざるをえません。(このように私が書くことで「同情する相手が違うだろ」と怒り狂う方々がいるに違いないこともまた、想像できます。)

こんな言葉の揚げ足取りで「辞任しろ」、「任命責任は」、といくら言い続けても不毛です。国会での討議の時間は、この言葉がどの程度不適切だったかを骨の髄まで思い知らせるような他責的懲罰的態度で反省させることではなく、現場の人が幸せになるような大事なアクションをどう行うか、に使ってほしいところです。しかし、「想いなき所に言葉は生まれず」とも考えられますから、このような言葉を吐き出す人間に、これから重要な仕事をさせてよいのか、という批判もあるでしょう。となると、国民皆が認めるような何らかの成果を出すまでは、閣僚の方々は記者会見なぞ一切受けず黙々と仕事をしなければならないのでしょうか?あぁ、一体どうすればいいのでしょう。

私にはよくわかりませんが、こういうときには

「指導者の一層の成熟を求めるなら、国民自身が忍耐を学ぶべきだ。各党は世論調査の気まぐれを無視すべきだ」(2011年9月5日 産経新聞(iPhone アプリ版)6面 フィナンシャル・タイムズ(アジア版)より)

との記載が頭を過(よぎ)ります。閣僚も、私やその他の方々と同じ人間です。同じ人間であれば、私と同じように下らない思念に囚われたり、下らない言葉を発してしまうこともあるでしょう。人の気分を害するような言葉を口走ることもあるでしょう。不適切といわれることが想像されるような言葉を発した人間、そしてそれを短絡的に批判する人間。二元論的にマルかバツか。これだけ多くの人間がグレーゾーンな思考で生きている世の中において、短絡的な批判、対立を繰り返しているだけでは今後も何も変わらないのではないだろうか…と思ってしまいました。

***
ブログの記載を初めて3年になるので、テンプレートを変えてみました。これも偏(ひとえ)に、私の妄言に対して、悪意をぶつけずに、温かく見守って下さった方々のお陰であると感謝しています。

2011年9月7日水曜日

(雑) 煙草の増税という瑣末な問題に、何故これ程批判が出るのか?

過去にも2回ほど記載したように、私は煙草を吸いたい個人を拒否しないし、批判する気も毛頭ありません。(2010年9月29日、2011年6月24日記載

煙草は嗜好品だと考えているので、吸いたい人が吸う、吸いたくない人は吸わなくて済む。どんなことでもそうだけれど、そんな、自分と異なる考えや嗜好をもつ人たち同士が、そこそこのところで妥協しあって共存できる世界に私は生きていたいと思っています。

煙草とは不思議なものです。
パッケージに、体の具合が悪くなる可能性についてしっかりと記載されたうえで、販売されており、体が悪くなることを自覚したうえで購入する人が大勢いて、それによる税収が2兆円を超えているというのですから。
すぐには死なないけれど、長い時間をかけて死に至らしめるような商品です。
とはいえ「~の後の一服」や「酒を呑みながらの一服」ってヤツが至高のひと時を作りだすことも、非喫煙者の私でも想像できます。

私がここで問題視したいのは新財務大臣の「税という点では、たばこだけ抜き出して議論するようなことはバランスを欠いている」という発言です。

新総理大臣が元財務大臣だったこともあり、増税を警戒する報道をメディアは続けていますが、煙草税の増税は税収の増大につながるでしょうか。

煙草税を上げる→単価は上がるが、喫煙者が減るかもしれない。だから税収は変わらない→喫煙者が減った分だけ肺がん等の疾患にかかる医療費は抑制される。一方で禁煙によって、肺がん等に罹患しなくなれば、長生きして他の悪性疾患に罹患する可能性があり、医療費や年金等がかかるため結局は国の歳出は減らない。

ということで煙草税増税によって国に入る、煙草税以外の税収も含めた税収が、増える/減るについては私にはわかりません。

煙草税の増税を表明した厚生労働省大臣の発言は、本人が嫌煙家か否かに関係なく、国民の健康を推進する観点からは、極めて真っ当な意見だと思います。ですが、財務大臣やその他の方からは芳しい反応がないようです。「増税」発言が、越権行為だとか「他で慎重に国民のコンセンサスが得られるように増税の議論をしていかなければならないところを先走りやがって」という主張のもとにトーンダウンさせられたのだとしたら、非常に残念です。

以下の観点から、私は「税という点では、たばこだけ抜き出して議論するようなことはバランスを欠いている」とは考えません。

・「国」は、財務大臣であろうと厚生労働大臣であろうと官房長官であろうと、国民の健康を増進するために働く役割がある。そのため、喫煙が健康によい影響を与える何らかの証拠がない状態では、喫煙者を減らす方向に舵を取るのが国としての極めて真っ当な仕事である(官房長官が愛煙家かどうかはどうでもよいことです)。
・「煙草税」だけ上げるのは…、という発言は極めて不適当である。なぜなら、喫煙が健康に害を及ぼすことは誰もが知っていることである(勿論喫煙者の方々も「煙草で死ぬならしょうがないよね」と心の何処かでほぼ間違いなく思っている)。「煙草税」以外に「健康に害を及ぼす物品等の税」があるのだろうか。あるとしたらそれは何か。ないのなら、何故それらを煙草と同じ俎上に上げて語るのか。
・煙草税が上がると煙草生産者の生活が…という発言もまた不適当である。煙草が健康に害を及ぼす→国は将来的に煙草税を上げるだろう→そうなると煙草も売れなくなるだろう→他の業務を今のうちに開拓しておくか…
という小学生でも思いつく論理は、何も煙草だけに限った話ではなく、どのような商品を作っている企業でも言える話である。大ヒット商品が出た影に、その煽りを受けて倒産した会社もあったはずだが、それらについても同じように、労働者を慮ったのだろうか。何故、煙草生産者だけがその生活をこれほどまでに慮られるのだろうか。それは逆に不公平ではないだろうか。健康を害さないものの生産に携わっていながら業績不良で失業に陥っている人々はたくさんいる。
・煙草は嗜好品(つまり、それがなくても生きていけるもの)である。それがなくても生きていける上に、国民の健康増進に寄与しないことが自明なのだから、何故ちょっとの増税発言でわざわざ閣内意見不一致を国民の目にさらすのか。

これらの意見は、医師で非喫煙者で経済のことを分かっていない人間である私が発信しているということで、「外野で上から目線でうるせぇよ」と一蹴されるのがオチでしょう。ただ、これだけ、世界的にも煙草税が増税されている状況と、肺癌食道癌喉頭癌咽頭癌口腔癌副鼻腔癌胃癌肝臓癌膵臓癌、COPD、心筋梗塞、脳梗塞との因果関係があるという研究結果が現実に存在するわけです(http://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause/smoking.html#hyo1)。
それらを踏まえた上で吸いたい人は吸えばよいと思います。
(私は、できればそれらに罹患したくないし、それらの治療が大変だったり、それらによる疼痛が強いということを普段見ている、という自分の肌感覚から、喫煙をしないというだけです。)

ですから、税収が上がる/上がらない、他とのバランス云々の話以前に、不健康な状態になることを放置するかのような発言をするのが、財務大臣だろうがなんだろうが、「国」を代表する人間として整合性のとれた発言とは思えません。しかも現在の400円ちょっとをいきなり2000円にします、とか、10000円にします、とか言ってるわけではない。700円程度であれば、煙草好きなら他にかけるお金を削ってでも捻出できる額であろうと思います。

私が、今回の財務大臣や官房長官の発言が極めて残念だと考えたのは、「なぜ、こういう目に見えて分かりやすい、おいしいところで、国民の支持を積極的に得にいこうとしないのか」というところです。
2010年の喫煙率は全体で23.9%(男36.6%、女12.1%)とされています(厚生労働省の最新煙草情報http://www.health-net.or.jp/tobacco/product/pd090000.html)。ですから、残りの76.1%は非喫煙者であり、彼らが煙草税増税に反対する世論を形成する筈がありません。
厚生労働大臣の「たばこ、700円にしましょう」という発言が、財務省への越権行為かもしれなくても「そうですね、上げる方向も視野に入れていきましょうか」という程度の、国民の多くを占める非喫煙者へのリップサービスを財務大臣ができなくては、今後さらに難航するであろう様々な増税議論において、与党野党内の有象無象たちを押さえつけて政府の思う通りの増税方針に誘導する…ことはかなり困難になるのではないか、という失望を感じるのです。

ということで、煙草税増税の可否、は議論にすらならないくらいどうでもよい(税収の増減以前に国民の健康を守るべきであるという観点から、当然増税すべきです。それによって格安で輸入する違法のたばこ業者が増えようが増えまいが、JT株を国が保有していようが。)ことですが、今回のちょこっとしたことに対する対応が、国代表の方々の舵取り能力を疑わせるものでした。こんな体たらくで、今後一年間また迷走を重ねた挙句に、来年の党代表選において、「選挙で連戦連敗にも関わらずいまだに発言力が何故かあるあの人」たちと無益な抗争を繰り広げるだけにしないでいただきたい、と切に願います。数百円/箱の増税くらい、ガタガタ言いあわずにさっさとしてくれ。