朝から実験してるといつの間にか日が落ちてしまい、あらら今日も1日実験しかしてなかったよという日が断続的にあると、自分が麻酔科医であることをついつい失念していまいがちに。
実験は気楽なものです。って書くとだいぶ曲解されそうですが、指導してくださる先生がいらっしゃいます。勿論自分でいろんなことについてなんでこうなるんだろうとかああしたらいいんだろうかとか考えますけれど、最終的には指導してくださる先生がいるわけです。大変な実験だとしてもあーあがっかり…なネガティブデータがなんぼ出ても意見を聞くことができるわけです。結果を踏まえてどちらにいったらいいかを指し示してくださるわけです。それを必要としない状況に一刻もはやくなるのが大学院生の目標でしょうか?いや、自分に達成できるかわかりませんし、そもそもそれがゴールなのかもよくわかりません。
その点、今、麻酔科医としての私の力が伸びるか縮むかは自分の学ぶ意志だけに依存しているわけです。非常勤の麻酔科医の私に対して怒髪天で指導してくれるような大人はいません。少なくとも私の周りには。いたらいたで多分嫌ですけど。そういう天変地異的なことが起こらないと今まで得てきた麻酔科医としての知識と技術だけで食べてるだけ、食べていくだけになってしまいます。ありがたくためになるお話をしてくださる方はいらっしゃっても、普通の難度の麻酔を普通にやれている(様に一見見えるようになってしまった今くらいの状態)私には、やはり自分に何が足りないか、いや足りない事だらけだけど何を率先して充足させるべきか…。そういった客観的な問題意識を自発的にもたないといけないわけです。麻酔の実力なんて多分あっという間に後輩の先生たちに抜かされます。あーもう抜かされているかも。
ということでだいぶ前置きが長くなりましたが、今日のレジデント勉強会は来月の学会の予行演習的な内容でした。といっても学会まで時間が少しあるので、誤字脱字や日本語のおかしな所を指摘するようなものではなく、もっと実際臨床的な内容―昇圧剤はこの場面でどれ位いってたのか、とか、ここで輸血はじめてるけどこの時点から大量出血が始まったのか、とか、術後どういう経過で退院できたのか、とか、この病気があると凝固異常を起こすことがよくあるのかとか、こういう報告は過去どれ位あってどういう転機を辿ったのかとか。そういう話です。
そういう話を、時間さえ気にしなくていいのならばいくらでも喋りたい。いくらでも興味深いことがある。あぁあれも知りたい、これも知りたい。今ちょっと調べてみたい。きっとああいう風に書いてあるだろう。いや、ぜんぜん違うことが書かれているかも…。あの先生だったらどうコメントするだろう。うーん。だったらこれをこうすればもっとよかったんじゃないか。いやでも文献にはなかなか書かれないような状態なのかもしれない。あぁでもないこうでもない。そしたら・・・あれをああすると次回もっと良くなるんじゃないか。そんなことが考え始めると止まらなくなる。誰かが遮らなければいくらでも喋りたいことがある―そういう感覚があるうちは、僕も自分のことを麻酔科医と名乗っていていいような気がしました。
「これはこうするのが当然でしょ」と何の臆面もなくいったり実行するような時が来たら、私は麻酔科医として死亡でしょう。
やる気を注入されましたので、自分の発表も頑張りたいと思います。