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2011年3月31日木曜日

(雑) ただ自分のこころがあれば

「少にして学べば即ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば即ち老いて衰えず。老いて学べば即ち死して朽ちず」(佐藤一斎)

今日までと明日からで、特に何が変わるということはないが、向上心だけはいつまでも持ち続けたいと思う。例え足踏みする日があっても。

明日から大学で麻酔をすることは、少なくとも最初から最後まで担当することは暫くなくなるけど、お世話になった皆さんに感謝したい。今日まで育ててくださり、ありがとうございました。

2011年3月30日水曜日

(麻) 僧帽弁狭窄合併妊婦の麻酔

Case Scenario: Cesarean Section Complicated by Rheumatic Mitral Stenosis (Anesthesiology 2011; 114: 949–57)から。

心合併症をもつ妊婦は先進国では0.2-3%程度。
@症例
推定収縮期肺動脈圧54mmHg, NHYA 4の帝王切開を36週に予定
・心臓外科医と人工心肺をスタンバイ
・酸逆流予防に30分前にsodium bicitrateを内服
・児心音を執刀まで持続モニタリング
・麻酔導入前にA-lineと肺動脈カテーテルを留置。
 →血圧125/65/76, HR 105, CVP 14, PAP 90/50/62, SvO2 34%
・麻酔導入:レミフェンタニル0.2γ、エトミデートとサクシニルコリンで挿管、
・維持:レミフェンタニル0.05-0.1γ、0.5MAC以下のイソフルラン、100%酸素、ベクロニウム
・麻酔深度はBISで40-60に。換気はnormocarbia
・TEEでモニタ:僧帽弁圧較差16mmHg、弁口面積1.4cm2、
・Apgarは4/9
・分娩後はオキシトシン40単位/2hr
・手術室で抜管。術後はcardiac care unit。産後4時間のSvO2は54%、5日後退院。
・産後4ヶ月で僧帽弁手術


discussion
@妊娠に伴う循環器変化(%)
・血液量+35、血漿量+45、HR+20, stroke volume+30, CO+40,SVR-15, SBP-5
・収縮力は様々、CVPとPCWPは変化しない


@麻酔管理目標
☆pulmonary edemaとarrhythmiaが最も合併症に関係する
・左室拡張時間を十分とるべく、頻脈を避ける。phenylephrineやnorepinephrineは良いだろう。epinephrineは頻脈になる。区域麻酔による血管拡張も反射性頻脈を起こす可能性がある。
・β1刺激薬が子宮への作用を考えると好ましい。
・正常/高めの前負荷・後負荷、心収縮力の維持。血管抵抗を下げるのはよくない。
・一般的にシングルショットの脊麻は勧められない。(Curr Opin Anaesthesiol 2005; 18:507-12)
・適切なモニタリング下(A-lineやPAC等)で、用量を調節した区域麻酔ならば有益かも。
・経膣分娩では腰部硬麻がよい
・AFにはジゴキシンが使用できるだろう
・僧帽弁狭窄症合併妊婦の帝王切開に対する麻酔法に関するevidence-based ガイドラインは存在しない。個々の症例に応じて対応すべき。

***
JB-POT受験以来見ることのなかったWilkin's scoring (MSの重症度スコア)が掲載されている。実際にこんな重症な患者さんには滅多に出会わない。こんなものをまとめても、緊急で来られたら役に立たないかもしれないが、患者さんの情報から「重症だ!」と騒ぐことは可能である。そうすれば誰かの手は借りられるかも。

2011年3月28日月曜日

(走) Training (其の百四~七)

3/20 10km, 57min (9-12.0km/hr, 傾斜0.0)
3/21 1.6km 8min (10km/h) + bicycle 8km
3/24 4.0km 34min (10km/h)
3/27 10.5km 68min (7.5-12.0km/h, 傾斜0-9)
total distance: 765.2km (Nov 52.2km, Dec 42.2km, Jan 21.1km, Feb 37.0km, March 58.1km)
total time: 4779min = 79h39m

***
「What I Talk About When I Talk About Running」(訳:Philip Gabriel)より

・Sometimes when I run, I listen to rock, but usually it's metal, since its beat is the best accompaniment to the rhythm of running. I prefer Arch Enemy, Orphaned Land, Dir en grey, and Dimmu Borgir, and oldies like EL&P and Black Sabbath.(p14を元に改変)
・To put a finer point on it, I'm the type of person who doesn't find it painful to be alone. ... I've had this tendency ever since I was young, when, given a choice, I much preferred reading books on my own or concentrating on listening to music over being with someone else. I could always think of things to do by myself. (p15)
・Not that people's personalities change that dramatically.
・Which is why the hour or so I spend running, maintaining my own silent, private time, is important to help me keep my mental well-being.(p16)
・Emotional hurt is the price a person has to pay in order to be independent.(p19)

訳書によってまた新たな言葉に出会えるのは嬉しいことである。私は村上春樹氏の熱心なファンではないけれど。
割とコンスタントに走れるような状態に戻ってきたため、11月水準程度の走行距離に復帰。そう考えると、昨年の、あの暑かった7月に80km走っていたことに我ながら驚く。
私が走る理由のひとつは、切り取られた時間を欲するため。誰をも邪魔せず、誰にも邪魔されず、多くの人のお蔭で、走るという行為が粛々と実現されていることに、一見全く無関心のようでいて、その実大変感謝する。そうは言っても私には「私(し)の時間」が非常に多く与えられている。電車の中、麻酔中、喫茶店の中、走っている最中、眠っている時。私は、すべての私だけに使える時間に感謝する。自分の想像力の限りにおいて、自分の時間を思い通りに使えるということは、きっと世の中で最も幸せなことの1つだと思う。

2011年3月27日日曜日

(音) Within Temptation の The Unforgiving (2011年)

オランダのシンフォニック・ロック/メタルバンドのスタジオアルバム、5作目。

3/23の発売日を今か今かと待ち構えていたが、弓部置換や肝切の麻酔をやっているうちにいつの間にか発売日を通り過ぎていた。私のバンドへの愛情なんてそんなものかとちょっとがっかりする。
確かに先行シングル「Faster」の、メジャー路線のポップな作風に触れて以来、本作への不安感を募らせていたのだが。

歴史に残る名盤(と勝手に思っている)「The Heart of Everything」以来、4年ぶりの新作。現在第3子を妊娠中というSharon den Adel。9オクターブの歌声を持つといわれる彼女が歌えばどんな歌でもWithin Temptationなのだが、本作はこれまでの陰鬱気味だったヴォーカルラインが後退し、ヴォーカルも楽器もenergeticなつくり。シンフォニック一辺倒だった前作までの路線から、よりポップでメタルになって聴きやすくなったということもできそうだが、もともと聴きやすいサウンドを提供してくれていた彼らに対する評価としてはちょこっと違う気もする。一聴するだけでは、他の誰かが作った凡庸なロックを、上手いヴォーカルと楽器隊でメタルサウンドにアレンジしたかのような曲のオンパレード。彼らにとっていいことか悪いことか分からないが、これまでより大衆に受けるだろうとことは想像できる。
となると憂いを秘めたアップテンポな佳曲#3「In the middle of the Night」や、バンドの新たな代表作になるだろう、無限リピートに耐えうるこれまた切なメタルな名曲#6「Iron」や#11「A Demon's Fate」が収録されているだけでも大満足すべきなところかも。何よりこれらの曲がランニングのお供にもできるのが嬉しい。他の曲も聴けば聴くほど味が出てくるかもしれないし、Within Temptationの新しい魅力に溢れた1枚。日本でももっと売れて欲しいなぁ。

2011年3月26日土曜日

(麻) 空気塞栓の診断と治療メモ

新天地に旅立つレジデントのY先生の総括。印象に残った症例に関連して紹介してくれた論文。
「Diagnosis and Treatment of Vascular Air Embolism (Anesthesiology 2007; 106:164 –77)」(free article)


vascular air embolism(VAE)は有名だが、普段なかなかお目にかからない。(今日までの私の麻酔管理症例1648件では1件だけである。となると0.06%程度か)

Y先生の発見の契機は血圧低下、ETCO2の低下、心電図ST上昇だったということだが、中心静脈カテーテルから空気は引けなかったようである。


上記reviewによると対処法は
・stop entrainment ~ 術者に告げる
・increased inspiratory oxgen ~酸素濃度を増やす
・hemodynamic support - ドブタミン、ノルアドレナリン、イソプロテレノール
・重症なら胸骨圧迫、CPR


CVPが低いのはVAEのリスクを高める。PEEPの有無はcontroversialらしい。
また上記論文では血管内に入った空気の量が <0/5ml/kg,  0.5-2.0ml/kg,  2.0ml/kg<で軽症、中等度、重症と重症度分類しているが、臨床的にはあまり意味がない気がする。「あ、asystoleになったから100ml位入ったんじゃない?」と言っても、全く救命には役に立たない。
でも、大量出血時にポンピングしていて、20mlのシリンジいっぱいの空気を間違って患者さんの体内に何回か送り込んだら、大抵の人は不可逆的な循環虚脱になることは間違いなさそうだ。慣れない人にポンピングしてもらうのは危険かも。

2011年3月23日水曜日

(本) WEDGE4月号

特集「若手がつくる若者消費」を読む。誰もが節電を声高に叫んでいる震災後の今この時期に出す記事としてはなかなかチャレンジングな内容である。

車を買わない。旅に出ない。酒は飲まない。家電に関心はない。

と若者は一般的に思われているらしい。
三十路になったばかりの私が「若者」に入るかは不明だが、確かにこれらのものにあまり興味はない。そんな若者向けに商品を開発し、何とか買ってもらおうとする企業、人々の話が掲載されている。なるほど、人々の興味関心消費行動が多方向に拡散してしまった今、ヒット商品を作るのは、並大抵の努力と根性では不可能だろう。国民的に多売れするのは、水、米、卵、牛乳、電池、ガソリン、懐中電灯、カップラーメン、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、マスクなどなどなどなどの生活必需品+αだ(被災地でなら分かるが、被災もしていなければ、大した放射線も飛散していないのにこれらの物資が首都圏でなくなるのは全く理解できない)。

経済が伸びていくためには、みんなにお金を使わせなきゃならないんだろうけど、車を持っていない、家にいるのが好き、チューハイ1杯で酔っ払う、家電は壊れたときにしか買わない私のような人間は資本主義社会の敵なのだろうか。それらのものがなくても人生は十分楽しいけど。

2011年3月20日日曜日

(麻) 麻酔と法律関連メモ

「臨床麻酔」臨時増刊号(2011年3月)を興味深く拝読する。
全13項のトピックのうち、2項目が安全・危機管理に関するものであり、世の中の(麻酔科医の?雑誌の編集委員の先生方の?)関心が高いことが伺える。

以下は 13 麻酔事故と安全 ―刑事訴訟を避けるために― (著:加藤愼 弁護士) (p437-444) から引用
・刑事責任を追求する場合の対象は、問題となる医療行為を行った医療行為者自身、すなわち個人である。
・雇い主だけではなく医療従事者相互にも利害関係の対立を生じる可能性がある。
手術自体はチーム医療であっても刑事責任に関してはチームの利害が常に共通しているとは限らないのである。
・民事訴訟に関する限り、患者が勝訴判決を得て終わるものは1割強。
・刑事訴訟手続きでは、訴訟を提起する検察側の勝訴率(=有罪判決率)は99%を超えている。起訴便宜主義という原則のため。
そもそも刑事訴訟になること自体が既に敗北といえる
・医師個人として考えるべきことは 1.刑事事件化しないこと 2. 刑事事件化しても起訴されないこと
・術中に生じた不測の事態については、その原因を医療機関として情報を集約し、関与した医師がそれぞれの立場できちんと検討すること。院内での検討結果として評価困難なら院外の意見や検討を求める
・麻酔科医として麻酔科領域に属する医療行為に問題がないかどうか、もしなければその点をきちんと明確にする。問題があれば、麻酔科医の直接医療行為に起因するものか、物的設備や人的配置・体制に起因するのかは大きな違いがある。
・上記に基づいて、第1次的には当該事故対応を医療機関として行うことを確認する。ただし、具体的な責任原因が麻酔科医にあるという評価になり得る場合で、かつ刑事手続になる可能性が高い場合には、医療機関との意思疎通や信頼関係を考慮しつつ、麻酔科医個人として弁護士などの専門家への相談を検討する。
・医療における「失敗」概念と、法律の世界における「ミス」の概念には本質的な違いがある
・麻酔科医は多くの場合勤務医に過ぎないこともあり、また刑事事件での利害状況も考慮すると、こうした麻酔科医に対するバックアップは医療機関には期待できない

***
「外科医の立場から望む効率的手術室運営における麻酔科医の役割」(日本臨床麻酔学会誌, Vol. 29 (2009) No. 4 pp.418-426)によると

・術中の出血に責任をもって管理できる麻酔科医、予期せぬ事態に迅速かつ的確に対応できる麻酔科医
・緻密な思考から大胆に決断し、論理的・学問的な説得力を身につけ、協調性を重んじながら行動で示してリードすることである。

が外科医が求める麻酔科医像のようだ

正確な麻酔記録を残すことは当然として、術前にすべき検査の依頼、術中モニタリングの選択、術後帰室先、鎮静するのか抜管するのか。全て自分が最後の砦として、誰に遠慮することもなく、強い心をもって主張しなくてはならない、のかなぁ。まぁそうなんだろうなぁ。

2011年3月19日土曜日

(音) Silent Stream of Godless Elegy の Navaz (2011年)

チェコ共和国の8人編成フォークメタルバンド。1995年に結成されたということだが、初めて聴く。


これは思いがけない掘り出し物で、8曲目「Pramen, co ví」はミドルテンポながら本作で1番の珠玉の出来。このアルバムはOpethやOrphaned Landといったバンドのカラーに近いかもしれない。ヴァイオリンが曲調に非常にマッチしている。男女混成ヴォーカルなのも曲に深みを加える要素となっている。


この曲が150円(iTunes)で買えるなんて本当に安い(You Tubeなら無料だし)。なんてよい世の中なのだろう。

2011年3月17日木曜日

(雑) 生きてるって


震災初期の報道は非被災地向けの見世物的なもの(これだけ街が洪水で流されました、死亡者は○○名です、など)が多かったが、それによる利益があるとすれば節電や援助活動に協力的な世論の形成が為されたことか。

節電はしているが、私の勤務先の大学病院は計画停電を全く意に介さず(ということもないのだろうけど)、予定手術も緊急手術も稼働率は全く変わっていない。「常に揺れているような気がする」とは多くの人が(医療関係者でさえ)口にする言葉。職場では大地震の再発時にいかに患者さんを、自分を守るかに頭を使い、家との往復においてはどの路線を使えばよいのかに頭を使い、(そして電車に乗れそうもなければタクシーや自分の足を使って帰らなくてはならない。西武池袋線は未だに平常時の40%しか稼動していないので、朝6時半過ぎに家を出ようものなら乗車率300%の地獄が待っている)、仕事帰りに道を歩けば、19,20時には多くの店がシャッターを下ろし、社会主義国家かと見間違うほどの経済活動の停滞ぶりに心を痛め(かといって宴会をしていようものなら、被災者の気持ちも汲まないで、という無言の圧力がなんとなく存在するようで息苦しい)、スーパーに入っては「カップラーメンはお一人様4個まで」と書かれた文字に幻滅し、翻って仕事においては、どんな重症患者でも常にベストパフォーマンスであることを当然のように求められるのである。

今日は医療安全委員会に出席。この1年半で4回目。

批判されるのも仕事のうち。
そう思えば何の苦もない。
重圧を受けて強くなる。
そのような重圧の中で仕事ができることは感謝したい。

2011年3月14日月曜日

(走) Training in Rena (其の百弐~参)

3/8 7.0km 45min (8.5-11.0km/h, 傾斜0-10.0)
3/13 10.0km 54min (11.1km/h, 平坦な道) 今年初めての屋外


total distance: 739.1km (Nov 52.2km, Dec 42.2km, Jan 21.1km, Feb 37.0km, March 32.0km)
total time: 4612min = 76h52m


***
今日から輪番停電が始まった。私の家もその区域に入る。


私がこの場にいて出来るのは、自分と家族の身を守ること、自分の仕事に集中すること、節電すること、募金すること、祈ること。それくらいである。
土曜日のうちはそれでもTVの情報に熱心に耳を傾けていたが、途中からTVを消した。何だか他人の不幸を心のどこかで、自分の安全が担保された状況下で、興味本位で鑑賞しているかもしれない自分に嫌気がさす。
震度5の地震を経験したが。今までの人生で一二を争う恐怖だった。だが恐怖を感じる間もないうちに命が潰えた幾多の人々のことを思うに、私の恐怖など、全くもって取るに足らないこと。そして自分は毎日、今日で人生が終わっても後悔しないという程には一生懸命生きていない。改めてその事実に突き合わせられた。