訪れていなかったらずっと他人事であっただろう、和歌山県太地町のイルカ漁。
今日の「THE DAILY YOMIURI」のトップ記事になっていました。
港内に設けられたイルカのいけすの網を切られたり、漁の様子をずっとシーシェパードのメンバーらに監視され続けたりしているようです。
60代の漁師が"[We've been] labeled as evil around the world."とコメントしているように、アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画が、人口3500人の町の生活を困難なものにしています。
私はイルカ肉を食べたことがありませんが、「イルカを殺すのが残酷」という主張で、網を切る理論には素直に賛同できません。漁師の方々は遊びでイルカを殺しているのではないでしょうし。それとも諸外国による"日本いじめ"の一環でしょうか?
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2010年11月10日水曜日
2010年11月9日火曜日
(旅) Nara (day 1)
バスにトイレはありませんでしたが、きちんとサービスエリアに立ち寄る「トイレ休憩時間」がありました。夜中12時に「海老名サービスエリア」でトイレに行ったのは初めてです。周りに同じような長距離バスやトラックが何10台も停まっていてびっくりしました。
夜行バスに乗ること10時間弱。7時45分にJR奈良駅前に到着です。ちょっと寒い。
観音様が彫られております。
下山した後は志賀直哉旧居前、ささやきの小径、二の鳥居、興福寺と歩を進めます。
それにしても歩くだけでこんなに楽しめるとは。来て1日も経っていませんが、奈良が大好きになりました。
2日目に続く。
バスが再出発した後、何度も寝ようと試みましたが、腰が痛くて上手く寝付けません。どこでも眠れるのが自分の数少ない特技だと思っていましたが、甘かったようです。まだまだ知らない世界があります。
そうこう言いながらも、いつの間にか意識を失っていて、気が付いたときには6時頃でしたから、それなりに眠ったようです。バスの中で眠れるように、当直明けに走っておいたのが効いたのかもしれません。
「春日山から飛火野辺り」というさだまさし「まほろば」の歌詞を初めて聴いてから既に8年は経ったでしょうか。その歌詞の世界をこの目で見たいと思い、遂に念願叶って奈良までやってきました。
今回はあちこちに行きません。奈良市、しかも奈良駅の東側限定です。よくよく考えたら中学の修学旅行は「奈良京都2泊3日」という無謀なものでした。「奈良公園、大仏、次は清水寺、三十三間堂、はい、自由時間は~~時までね、では解散!」みたいなことをやられては、何も記憶に残りません。少なくとも私の修学旅行の思い出は「鹿がいっぱいいたこと」と「大仏でけ~」だけです。他は全く記憶にないです。
8時過ぎにJR奈良駅を出発です。今日の旅のコンセプトは「自分の足で歩く」。(吉田さらさ著-奈良 寺あそび、仏像ばなし の「奈良に行ったらとにかく歩こう」(p13)に影響されてのことです)
JR奈良駅から春日大社の「一の鳥居」まで1.5kmです。その先の「二の鳥居」まで更に1.2km。その後は春日大社内の神社をぐるぐる回ります。
春日大社(若宮~夫婦大國社~宗像神社~紀伊神社~大宮~一言主神社~水谷神社)
そしていよいよメインイベントである春日山原始林内に足を踏み入れます。
水谷神社から春日山原始林の遊歩道(山道)をひたすら登ります。
途中で杖をついた高齢男性に抜かされます。尋常でない速さです。
およそ2.5km登ると若草山山頂に到達。私の足では40分かかりました。空気がひんやりしていてダウンジャケットで丁度良いくらい涼しい。山頂からは奈良市が一望できます。
山頂まで行って大人しく下山すればよかったのでしょうが、マップを見ると奥に「春日山周遊道路」なるものがあります。ということで更にずんずん進むことに。
若草山から鶯の滝まで40分。殆ど歩行者に出会わなくなります。
そこから春日山石窟仏~首切地蔵(柳生十兵衛の弟子、荒木又右衛門が試し切りをしたという伝説の地蔵)まで更に30分。
そして「滝坂の道」をどんどん下ります(道はありますが、石畳になっていたりぬかるんでいたりして、お世辞にも歩きやすいとはいえない状態です)
「夕日観音」前を通過
上を見上げてよくよく観察すると・・・
観音様が彫られております。
飛鳥中前に出てようやく下山です。
下山した後は志賀直哉旧居前、ささやきの小径、二の鳥居、興福寺と歩を進めます。
平地、神社の境内、山道、石畳の道、ぬかるんだ道、道なき道。気が付くと5時間位歩きっぱなしになっていました。アスファルトとは何と歩きやすいものか。日常生活では得られない感動を得ることができました。
そういえば興福寺(藤原氏の氏寺)の国宝館はリニューアルされていました。あまり広くはありませんが、その中に多くの、非常に多くの国宝や重要文化財が収められています。館の中央に鎮座する巨大な千手観音菩薩立像(520.5cm, 鎌倉時代)はやはり圧巻。八部衆像の一体である「阿修羅像」(153.4cm, 734年に西金堂が建立されたときに造られた)は、本ではよく見ますが、目の前にある本物は「無垢の困惑ともいうべき神秘的な表情」(司馬遼太郎著-街道をゆく24-奈良散歩 p262)と言われるように、何とも儚く憂いを感じさせるものでした。
上記(計16.0km)を一気に歩き倒してから、近鉄奈良駅近くの東向商店街内にある讃岐うどん屋さん「釜粋(かまいき)」で昼食。やや柔らかい麺でしたがおいしくいただけました。
それにしても歩くだけでこんなに楽しめるとは。来て1日も経っていませんが、奈良が大好きになりました。
2日目に続く。
2010年11月8日月曜日
(走) Training in Rena (其の七十五)とNara (day 0)
当直明けランです。
ランニング:6.0km、37分 (8-12.0km/h, 傾斜0-10.0まで) + 筋トレ
計564.9km (9月 48.5km, 10月 66.6km, 11月 10.3km)
総時間3538分=59時間02分
11月5km: ねりま光が丘ロードレース(あと6日)
12月21.095km:いたばしリバーサイドハーフマラソン(あと27日)
2011年3月42.195km:板橋Cityマラソン(あと132日)
***
そして夜はバスに乗ります。旅に出るのです。奈良に行きます。休暇なのです。
何でわざわざ高速バスを選択したかと申しますと、単に乗りたかったからです。
しかし、バスに乗って英語の文章を読んでいたら、ものの10分で吐き気を感じてきました。早くもバスに乗ったことを後悔。仕方ないので深呼吸をして寝ることにしました。バスの中にトイレがないことに、乗車してから気づきました。四面楚歌です。尿意を催さずに奈良までいけるでしょうか。
続く。
ランニング:6.0km、37分 (8-12.0km/h, 傾斜0-10.0まで) + 筋トレ
計564.9km (9月 48.5km, 10月 66.6km, 11月 10.3km)
総時間3538分=59時間02分
11月5km: ねりま光が丘ロードレース(あと6日)
12月21.095km:いたばしリバーサイドハーフマラソン(あと27日)
2011年3月42.195km:板橋Cityマラソン(あと132日)
***
そして夜はバスに乗ります。旅に出るのです。奈良に行きます。休暇なのです。
何でわざわざ高速バスを選択したかと申しますと、単に乗りたかったからです。
しかし、バスに乗って英語の文章を読んでいたら、ものの10分で吐き気を感じてきました。早くもバスに乗ったことを後悔。仕方ないので深呼吸をして寝ることにしました。バスの中にトイレがないことに、乗車してから気づきました。四面楚歌です。尿意を催さずに奈良までいけるでしょうか。
続く。
2010年11月7日日曜日
(音) Helloweenの7 sinners (2010年)
バンドは1985年にデビューして既に25周年になります。オリジナルアルバムとしては今作で13作目。ここ3作連続で「ハロウィン」の時期に発売されているのは、偶然でしょうか。私がリアルタイムで聴き始めたのは8作目の「Better than Raw」(1998年)からですから、そこから数えても既に干支を一周しているわけです。
んで、この新作ですが、#3の「Who is Mr. Madman?」の歌メロが素晴らしすぎて何もいうことがありません。これはミスチルのファンがミスチルらしい曲を、サザンのファンがサザンらしい曲をいつまでもバンドに提供してもらえることを望むように、Helloweenのファンが望む「Helloweenらしさを失わないが、そのスタイルから離れすぎない新しい名曲」と呼べる、彼らのお家芸とも言えるスタイルの曲です。過去の名曲と似て非なる曲を作るのは、大変難しいことなのではないかと素人的には思ってしまうのですが、この曲ではそれを見事にやり遂げています。
そしてどこかで聴いたことがあるこの曲のイントロは、1994年発表の「Master of the Rings」に収録されている「Perfect Gentleman」からのものです。歌詞の始めでも「Sixteen years have passed since...」と語っています。この辺りも往年のファンに楽しめるつくりといえるのかもしれません。
全体的にテンポの良いキャッチーな曲が並び、初心者にも昔からのジャーマンメタルファンにもとっつきやすい作りになっていますが、今のところ#5「World of Fantasy」や#9の「If a Mountain Could Talk」、#11「My Sacrifice」などがお気に入りです。
iTunesで見ると、このアルバムの曲は1曲あたり150円で買えます。
昔はレコードやCDというアルバム単位でしか買えなかったわけですが、今は曲単位で買えます。1曲しかお気に入りの曲がなかったとしても3000円位払っていた昔に比べたら、今はYoutubeなんかで視聴して、その中から気に入った曲だけ買うこともできるわけです。
曲単位で買えばハズレを掴まされる可能性は減るでしょうが、その分「買ったときには大していいと思わなかったけど、繰り返し聴いている内に好きになってきた」というような喜びに出会いにくくなってしまっているようで残念な気がします。曲単位で買える時代において、アーティストたちはアルバムを創り出す意欲が減退しないのだろうか、と他人事ながら心配してしまいます。
んで、この新作ですが、#3の「Who is Mr. Madman?」の歌メロが素晴らしすぎて何もいうことがありません。これはミスチルのファンがミスチルらしい曲を、サザンのファンがサザンらしい曲をいつまでもバンドに提供してもらえることを望むように、Helloweenのファンが望む「Helloweenらしさを失わないが、そのスタイルから離れすぎない新しい名曲」と呼べる、彼らのお家芸とも言えるスタイルの曲です。過去の名曲と似て非なる曲を作るのは、大変難しいことなのではないかと素人的には思ってしまうのですが、この曲ではそれを見事にやり遂げています。
そしてどこかで聴いたことがあるこの曲のイントロは、1994年発表の「Master of the Rings」に収録されている「Perfect Gentleman」からのものです。歌詞の始めでも「Sixteen years have passed since...」と語っています。この辺りも往年のファンに楽しめるつくりといえるのかもしれません。
全体的にテンポの良いキャッチーな曲が並び、初心者にも昔からのジャーマンメタルファンにもとっつきやすい作りになっていますが、今のところ#5「World of Fantasy」や#9の「If a Mountain Could Talk」、#11「My Sacrifice」などがお気に入りです。
iTunesで見ると、このアルバムの曲は1曲あたり150円で買えます。
昔はレコードやCDというアルバム単位でしか買えなかったわけですが、今は曲単位で買えます。1曲しかお気に入りの曲がなかったとしても3000円位払っていた昔に比べたら、今はYoutubeなんかで視聴して、その中から気に入った曲だけ買うこともできるわけです。
曲単位で買えばハズレを掴まされる可能性は減るでしょうが、その分「買ったときには大していいと思わなかったけど、繰り返し聴いている内に好きになってきた」というような喜びに出会いにくくなってしまっているようで残念な気がします。曲単位で買える時代において、アーティストたちはアルバムを創り出す意欲が減退しないのだろうか、と他人事ながら心配してしまいます。
(本) 喜嶋先生の静かな世界 - 森博嗣 、御伽噺のような素敵な物語
最後まで飽きることなく読ませていただきました。臨床麻酔学会のお供として携行するにはハードカバーで少々重かったですが、読み終わるのがもったいないと思うくらい面白い物語でした。
「面白い」の理由の1つは、理系の大学生活~大学院生活という、描き方によっては硬く無機質な世界を描いているにも関わらず、描かれている世界が愛で溢れているからです。「研究」に対する愛ある言葉・信念の数々が作中に頻繁に出てきます。そしてそれは、著者自身の人生において考えてきたことがそのまま出てきているのだと感じられるような、熱のこもった言葉に感じられました。
・誰にでもわかるようにしておくこと、つまり文章として書き記すこと、一種の遺言のようなもの、それが、すなわち論文なのだ(71)
・自己満足できたら、それはもの凄く良い状態だね。自分が満足できるなんて、そんな素敵なことはない。それは価値が大ありだ(75)
・北極のオーロラも見たかったけれど、それよりも、その現象について書かれた専門書を熟読する方がずっとオーロラを体験できるだろう。僕は「体験」とはそういうことだと思っている。(85)
・良い経験になった、という言葉で、人は何でも肯定してしまうけれど、人間って、経験するために生きているのだろうか。今、僕がやっていることは、ただ経験すれば良いだけのものなんだろうか。(152)
・こういったものは、もうほとんど完成だ、と認識してからが長いのだ、ということが身に染みてわかった。(246)
・とても不思議なことに、高く登るほど、他の峰が見えるようになるのだ。これは、高い位置に立った人にしかわからないことだろう。・・・(中略)・・・だから、なにか一つの専門分野を極めつつある人は、自分とは違う分野においても、かなり的確な質問ができるし、有益なアドバイスもできる。僕はまだよくわからないけれど、大学の先生という職業が成り立っているのは、こういう原理だと思える。(290)
・山を乗り越えるたびに満足しているけれど、冷静に観察すれば、一所懸命山を作っている自分が見えてくる。(291-2)
私としては、このような文章に出会えることそのものが「人生って素晴らしいな」と思えるような体験です。
「面白い」の理由の1つは、理系の大学生活~大学院生活という、描き方によっては硬く無機質な世界を描いているにも関わらず、描かれている世界が愛で溢れているからです。「研究」に対する愛ある言葉・信念の数々が作中に頻繁に出てきます。そしてそれは、著者自身の人生において考えてきたことがそのまま出てきているのだと感じられるような、熱のこもった言葉に感じられました。
・誰にでもわかるようにしておくこと、つまり文章として書き記すこと、一種の遺言のようなもの、それが、すなわち論文なのだ(71)
・自己満足できたら、それはもの凄く良い状態だね。自分が満足できるなんて、そんな素敵なことはない。それは価値が大ありだ(75)
・北極のオーロラも見たかったけれど、それよりも、その現象について書かれた専門書を熟読する方がずっとオーロラを体験できるだろう。僕は「体験」とはそういうことだと思っている。(85)
・良い経験になった、という言葉で、人は何でも肯定してしまうけれど、人間って、経験するために生きているのだろうか。今、僕がやっていることは、ただ経験すれば良いだけのものなんだろうか。(152)
・こういったものは、もうほとんど完成だ、と認識してからが長いのだ、ということが身に染みてわかった。(246)
・とても不思議なことに、高く登るほど、他の峰が見えるようになるのだ。これは、高い位置に立った人にしかわからないことだろう。・・・(中略)・・・だから、なにか一つの専門分野を極めつつある人は、自分とは違う分野においても、かなり的確な質問ができるし、有益なアドバイスもできる。僕はまだよくわからないけれど、大学の先生という職業が成り立っているのは、こういう原理だと思える。(290)
・山を乗り越えるたびに満足しているけれど、冷静に観察すれば、一所懸命山を作っている自分が見えてくる。(291-2)
私としては、このような文章に出会えることそのものが「人生って素晴らしいな」と思えるような体験です。
2010年11月6日土曜日
(走) Tokushima (day 4)とTraining outside (其の七十四)
徳島から帰ってきました。飛行機で1時間ちょっとだと、何をするにも中途半端な感じでどうにも好きになれません。空港に行って待っている時間と、空港から家までに結構な時間がかかるため、これといった生産的なことをしなくても疲弊してしまいます。
***
ランニング:4.3km、20分40秒 (15℃)
計558.9km (9月 48.5km, 10月 66.6km, 11月 4.3km)
総時間3501分=58時間25分
11月5km: ねりま光が丘ロードレース(あと8日)
12月21.095km:いたばしリバーサイドハーフマラソン(あと29日)
2011年3月42.195km:板橋Cityマラソン(あと134日)
徳島で「旅先での早朝ランデビュー」をしようと思って、走るための準備をしていったのですが、結局朝寝坊気味で、走れませんでした。また、次回以降の旅行の楽しみにしようと思います。
***
ランニング:4.3km、20分40秒 (15℃)
計558.9km (9月 48.5km, 10月 66.6km, 11月 4.3km)
総時間3501分=58時間25分
11月5km: ねりま光が丘ロードレース(あと8日)
12月21.095km:いたばしリバーサイドハーフマラソン(あと29日)
2011年3月42.195km:板橋Cityマラソン(あと134日)
徳島で「旅先での早朝ランデビュー」をしようと思って、走るための準備をしていったのですが、結局朝寝坊気味で、走れませんでした。また、次回以降の旅行の楽しみにしようと思います。
2010年11月5日金曜日
(雑) Tokushima (day 3)
学会会場から車で数十分。鳴門の大鳴門橋の近くには大塚国際美術館があります。
私は西洋絵画を楽しむという文化資本はもっていません。この美術館に来るまでは「受胎告知」という作品を複数の作者が描いていることさえ知りませんでした。ですから、この美術館に展示されている地下3階から2階までの5フロア計1000点以上の作品全部を楽しんで見ることはできませんでした。真剣に1作品ずつ見ていったら1日じゃとても足りません。2時間程で全てまわってしまうという雑な見方になってしまいましたが、描いた画家たちの執念と、この美術館を完成させた執念を肌で感じるには十分すぎる空間でした。
アルチンボルト・ジュゼッペの絵画「四大元素」(1566年。ウィーン美術史美術館にあるようです)が1番気に入りました。
私は西洋絵画を楽しむという文化資本はもっていません。この美術館に来るまでは「受胎告知」という作品を複数の作者が描いていることさえ知りませんでした。ですから、この美術館に展示されている地下3階から2階までの5フロア計1000点以上の作品全部を楽しんで見ることはできませんでした。真剣に1作品ずつ見ていったら1日じゃとても足りません。2時間程で全てまわってしまうという雑な見方になってしまいましたが、描いた画家たちの執念と、この美術館を完成させた執念を肌で感じるには十分すぎる空間でした。
アルチンボルト・ジュゼッペの絵画「四大元素」(1566年。ウィーン美術史美術館にあるようです)が1番気に入りました。
2010年11月4日木曜日
(麻) Tokushima (day 2), 口頭発表と「麻酔科エラーブック」
発表15分ほど前。「アスティとくしま」の会場にある書籍販売コーナーを物色していたら出会いました。
「麻酔科エラーブック」です。同シリーズ既刊の「ICUエラーブック」が面白かったので、中身もろくに吟味せずに購入してしまいました。
私はMEDSiの回し者ではありませんが、本書の内容は非常に秀逸です。700ページもあるので、とても一度には読みきれませんが、680-705頁の「ヒューマン・ファクター」の章だけでも7350円の価値はあります。
第174項目『先輩の話を聞こう:経験的エピソードは知識の宝庫』は先輩の話を聴かなくなってくる、私のような小生意気な「認定医以上専門医」の世代に有用な薬と言えます。(普段から先輩医師の言うことを素直に聴いて謙虚に学んでいる方には必要ないかも)
中でも、上記、第174項目内の692頁の表174-1「麻酔の臨床に関連する言い伝え」は白眉です。
・「自分の体に載せないようなものは、患者の上に載せない。」
・「術野の切迫を感じたときには立つこと」
なんて書いている教科書、私は今まで読んだことがありません。
この本をざっと読んだ印象ですと、対象は初期研修医というより、「周りにあまり麻酔の雑談をする相手がいない、市中病院の標榜医~専門医になりたて程度の麻酔科医」という気がします。本書の内容を知ることで「初期研修医が日ごろ思う、コレって何でこうやるの??、系」の質問に愛と勇気と自信をもって回答できるのではないでしょうか。
翻訳してくださった先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。当分は私の愛読書になりそうです。
***
そしてポスター発表をしました。6席の発表者のうちで私がトップバッターで皆さん元気だったからか、突っ込みどころ満載だったからなのかは不明ですが(恐らく後者)、3分の質疑応答時間内に5人も質問してくださいました。私の周りにはよく「誰からも質問されなきゃいいな~」とぼやく方がいらっしゃいますが、何も質問がない発表など、私には面白くもなんともありません(勿論回答を持ち合わせていない質問に直面したときの窮屈さはよくわかりますが)。それは発表する価値があるのでしょうか?
発表して質問がないときには、
・声が小さくて何を言っているかわからない
・内容が平凡すぎる
・内容が散漫で、どこに突っ込んでいいかわからない
・内容が聴衆の知識レベルに比して高尚すぎる
・内容に、聴衆の関心がない
などなどのうちのどれかが当てはまるのではないでしょうか。
会場の端っこでの発表だったので、ポスターへの日当たりは非常に悪かったですが、実りの多い時間になりました。聴衆の皆様のお陰で、発表内容を文章としてまとめるときのヒントをいっぱいいただきました。
「麻酔科エラーブック」です。同シリーズ既刊の「ICUエラーブック」が面白かったので、中身もろくに吟味せずに購入してしまいました。
私はMEDSiの回し者ではありませんが、本書の内容は非常に秀逸です。700ページもあるので、とても一度には読みきれませんが、680-705頁の「ヒューマン・ファクター」の章だけでも7350円の価値はあります。
第174項目『先輩の話を聞こう:経験的エピソードは知識の宝庫』は先輩の話を聴かなくなってくる、私のような小生意気な「認定医以上専門医」の世代に有用な薬と言えます。(普段から先輩医師の言うことを素直に聴いて謙虚に学んでいる方には必要ないかも)
中でも、上記、第174項目内の692頁の表174-1「麻酔の臨床に関連する言い伝え」は白眉です。
・「自分の体に載せないようなものは、患者の上に載せない。」
・「術野の切迫を感じたときには立つこと」
なんて書いている教科書、私は今まで読んだことがありません。
この本をざっと読んだ印象ですと、対象は初期研修医というより、「周りにあまり麻酔の雑談をする相手がいない、市中病院の標榜医~専門医になりたて程度の麻酔科医」という気がします。本書の内容を知ることで「初期研修医が日ごろ思う、コレって何でこうやるの??、系」の質問に愛と勇気と自信をもって回答できるのではないでしょうか。
翻訳してくださった先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。当分は私の愛読書になりそうです。
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そしてポスター発表をしました。6席の発表者のうちで私がトップバッターで皆さん元気だったからか、突っ込みどころ満載だったからなのかは不明ですが(恐らく後者)、3分の質疑応答時間内に5人も質問してくださいました。私の周りにはよく「誰からも質問されなきゃいいな~」とぼやく方がいらっしゃいますが、何も質問がない発表など、私には面白くもなんともありません(勿論回答を持ち合わせていない質問に直面したときの窮屈さはよくわかりますが)。それは発表する価値があるのでしょうか?
発表して質問がないときには、
・声が小さくて何を言っているかわからない
・内容が平凡すぎる
・内容が散漫で、どこに突っ込んでいいかわからない
・内容が聴衆の知識レベルに比して高尚すぎる
・内容に、聴衆の関心がない
などなどのうちのどれかが当てはまるのではないでしょうか。
会場の端っこでの発表だったので、ポスターへの日当たりは非常に悪かったですが、実りの多い時間になりました。聴衆の皆様のお陰で、発表内容を文章としてまとめるときのヒントをいっぱいいただきました。
2010年11月3日水曜日
(雑) Tokushima (day 1)
徳島に飛行機で着陸してレンタカーショップに向かいました。
インターネットで予約していたのですが、私の名前がレンタカーの予約名簿にないというのです(電子メールでは2回も契約確認の連絡が来ていたのですが)。
10分ちょっと調べて、結局、私とよく似た名前の人と取り違えたというようなことを言っていました。まぁ私の名前はよくある名前なのでしょうがないか・・・と思ったのですが、その後
・予約車がなくなってしまったため、代車へ変更することになったが、その手続きに結構な時間がかかったこと
・いざ代車に契約変更したところ免責補償加入が「無し」になっていたこと(当初の契約では当然「有り」にしていました。これは契約書にサインする前に”自分で”契約書全体を見返さなければ、そのまま発車して、事故を起こして初めて免責補償に加入していなかったことに気づいていたかもしれません)
・予約をしていた車より小型車に変更になったにも関わらず、代車レンタル料金が当初の契約料金より高くなったこと(これもこちらが指摘しなければ、そのままになるところでした)
などなど、不備が多すぎて完全に呆れてしまいました(怒ったところでお互いのコミュニケーション不全が解消されることはなさそうでした)。そして対応してくださった従業員の方は最後の最後で、我々の車を見送るという行為を省略してしまったために、評価の挽回を永遠に失ってしまいました。
徳島に着陸して1時間。レンタカーショップでのやり取りで、早くも徳島から出たい気分でいっぱいになってしまいました。そのため、宿についた頃には完全に意気消沈。夕闇の帳も下りてしまったために沈鬱な気分でした。眉山からの夜景の美しさがせめてもの救いでした。
レンタカーショップで取り扱っている車のブランドと、私に対応してくださった従業員には大きな関係はないかもしれません。ですが、「○○のレンタカーは××での対応がおかしかったから、次の旅行では違うブランドの車を借りよう」と思う人は当然いるでしょう。そう思うと、「一従業員」の対応がバックにあるブランドの色々なイメージを決めてしまうことに同情と自戒を感じます。(11/6記載)
インターネットで予約していたのですが、私の名前がレンタカーの予約名簿にないというのです(電子メールでは2回も契約確認の連絡が来ていたのですが)。
10分ちょっと調べて、結局、私とよく似た名前の人と取り違えたというようなことを言っていました。まぁ私の名前はよくある名前なのでしょうがないか・・・と思ったのですが、その後
・予約車がなくなってしまったため、代車へ変更することになったが、その手続きに結構な時間がかかったこと
・いざ代車に契約変更したところ免責補償加入が「無し」になっていたこと(当初の契約では当然「有り」にしていました。これは契約書にサインする前に”自分で”契約書全体を見返さなければ、そのまま発車して、事故を起こして初めて免責補償に加入していなかったことに気づいていたかもしれません)
・予約をしていた車より小型車に変更になったにも関わらず、代車レンタル料金が当初の契約料金より高くなったこと(これもこちらが指摘しなければ、そのままになるところでした)
などなど、不備が多すぎて完全に呆れてしまいました(怒ったところでお互いのコミュニケーション不全が解消されることはなさそうでした)。そして対応してくださった従業員の方は最後の最後で、我々の車を見送るという行為を省略してしまったために、評価の挽回を永遠に失ってしまいました。
徳島に着陸して1時間。レンタカーショップでのやり取りで、早くも徳島から出たい気分でいっぱいになってしまいました。そのため、宿についた頃には完全に意気消沈。夕闇の帳も下りてしまったために沈鬱な気分でした。眉山からの夜景の美しさがせめてもの救いでした。
レンタカーショップで取り扱っている車のブランドと、私に対応してくださった従業員には大きな関係はないかもしれません。ですが、「○○のレンタカーは××での対応がおかしかったから、次の旅行では違うブランドの車を借りよう」と思う人は当然いるでしょう。そう思うと、「一従業員」の対応がバックにあるブランドの色々なイメージを決めてしまうことに同情と自戒を感じます。(11/6記載)
2010年11月2日火曜日
(雑) ゲラの校正、
「年齢性別関係なくとにかく今すぐなにか学びたくなります。」という帯につられて衝動買いした「喜嶋先生の静かな世界 ― 森博嗣」を読もうと帰ると、宅急便で封筒が送られてきました。
遡ること2ヶ月と少し、の8月24日。その日に出版社に送付した原稿のゲラ(galley proof)です。送られてきたゲラと対面すると、自分で書いたものだった筈なのに、既に自分のものではない気がします。数ヶ月前の自分が書いたものなのだから、もう少し親近感が湧いてもよさそうなものですが、全くの他人が書いたものに赤ペンチェックを入れているような気分になりました。ちょっとした言い回しにも「こんな風に書いた覚えはない」という感じです。犬神サーカス団の「私もう駄目かもしれない」を聴きながら、校正で使われる記号に??となりながらも、自分で赤字を入れ、また出版社に送り返しました。文章を書くと、書いた文章は、書いた瞬間から自分のもとを飛び立ってどこかへ行ってしまうのかも、としみじみと感じた一日でした。
***
今や中国とロシアに南から北から国の境を揺さぶられています。新聞なんかには「中露の横暴」なんて書かれていますし、メディアはこぞって騒いでますけど、そもそも今のような左寄り集団に政権を任せたのは、私を含めた国民一人一人です。
子供は親を選べませんが、日本国の子供たちである私たちは、親となって海の向こうの人たちと交渉する日本国の代表者を選ぶチャンスがあったのです。色んなことを主張する親の中から、今の親を選んだのです。「自分の家です」と主張していた筈の家に闖入者があっても、追い出すこともなく、ましてや「入ってきても文句を言いません」という態度すら見せているわけです。しかも、入ってきて我々の所有物を傷害してもお咎めなしで帰すような、非常に寛大な心の持ち主たちなのです。
家に侵入されたら、防犯を強化したり然るべきところに届け出たりするのが真っ当な対応だと思いますが、「そういうことを当たり前の感覚として、してくれないような人々」を選んだのは我々一人一人です。「投票に行ってないから私は選んでいません」と主張する人もいると思いますが、その「私がやらなくても誰かやるだろう」という態度そのものが、現在の為政者たちを投影しているものと私は思ってしまいます。だから今になって民主党を叩きまくることそのものも、何かおかしいのではないでしょうか。
こうなったら「決して抵抗しません、どうぞ自由に土地を持って行ってください」という方向性で、「世界にも稀な、領土を差し出し領民を危険にさらす島国、ニッポン」としてポジティブにメッセージを発信する方向で生き延びていけないかを真剣に模索すべきなんでしょうか。領土を売れば、1100兆円超の借金の何%かは返せそうです。羽田の国際線も本格稼動し始めたことですし、海から空からどうぞご自由に侵犯してください、と言ってみるのもいいかもしれません。
遡ること2ヶ月と少し、の8月24日。その日に出版社に送付した原稿のゲラ(galley proof)です。送られてきたゲラと対面すると、自分で書いたものだった筈なのに、既に自分のものではない気がします。数ヶ月前の自分が書いたものなのだから、もう少し親近感が湧いてもよさそうなものですが、全くの他人が書いたものに赤ペンチェックを入れているような気分になりました。ちょっとした言い回しにも「こんな風に書いた覚えはない」という感じです。犬神サーカス団の「私もう駄目かもしれない」を聴きながら、校正で使われる記号に??となりながらも、自分で赤字を入れ、また出版社に送り返しました。文章を書くと、書いた文章は、書いた瞬間から自分のもとを飛び立ってどこかへ行ってしまうのかも、としみじみと感じた一日でした。
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今や中国とロシアに南から北から国の境を揺さぶられています。新聞なんかには「中露の横暴」なんて書かれていますし、メディアはこぞって騒いでますけど、そもそも今のような左寄り集団に政権を任せたのは、私を含めた国民一人一人です。
子供は親を選べませんが、日本国の子供たちである私たちは、親となって海の向こうの人たちと交渉する日本国の代表者を選ぶチャンスがあったのです。色んなことを主張する親の中から、今の親を選んだのです。「自分の家です」と主張していた筈の家に闖入者があっても、追い出すこともなく、ましてや「入ってきても文句を言いません」という態度すら見せているわけです。しかも、入ってきて我々の所有物を傷害してもお咎めなしで帰すような、非常に寛大な心の持ち主たちなのです。
家に侵入されたら、防犯を強化したり然るべきところに届け出たりするのが真っ当な対応だと思いますが、「そういうことを当たり前の感覚として、してくれないような人々」を選んだのは我々一人一人です。「投票に行ってないから私は選んでいません」と主張する人もいると思いますが、その「私がやらなくても誰かやるだろう」という態度そのものが、現在の為政者たちを投影しているものと私は思ってしまいます。だから今になって民主党を叩きまくることそのものも、何かおかしいのではないでしょうか。
こうなったら「決して抵抗しません、どうぞ自由に土地を持って行ってください」という方向性で、「世界にも稀な、領土を差し出し領民を危険にさらす島国、ニッポン」としてポジティブにメッセージを発信する方向で生き延びていけないかを真剣に模索すべきなんでしょうか。領土を売れば、1100兆円超の借金の何%かは返せそうです。羽田の国際線も本格稼動し始めたことですし、海から空からどうぞご自由に侵犯してください、と言ってみるのもいいかもしれません。
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